小学生でもわかる!「ショパン」

ショパン

はじめに

ピアノの発表会や音楽の授業、テレビのコマーシャルなどで、思わず耳を奪われるような美しく透き通ったピアノのメロディを聴いたことはありませんか?

その曲を作った人の多くは、19世紀のヨーロッパで活躍した大音楽家フレデリック・ショパン(1810年〜1849年)です。

クラシック音楽の歴史には、モーツァルトやベートーヴェンなど、たくさんの有名な作曲家がいます。しかし、ショパンにはほかの作曲家たちと決定的に違う、大きな特徴がありました。それは、生涯で残した曲のほぼすべてが「ピアノのための曲」だったということです。

ショパンは、たった1台のピアノからまるで人間の声のように優しく歌いかけるメロディを生み出し、世界中から「ピアノの詩人」と称賛されました。

なぜショパンはピアノだけにこだわり、今も世界中で愛される美しい曲を作ることができたのでしょうか?その驚くべき才能と、情熱に満ちた感動のストーリーを一緒に見ていきましょう!

はると
はると
「ピアノの詩人」ってかっこいい呼び名だな!音楽室の肖像画で見たことあるけど、ちょっと優しそうなイケメンだった気がするな!どんな曲を作ったのか気になるぞ!
ひまり
ひまり
ふふ、はるとも絶対に聴いたことがある有名な曲がたくさんあるのよ。ショパンがピアノ1台にどんな想いを込めていたのか、じっくり確かめてみましょうね。

ショパンってどんな人?「ピアノの詩人」のひみつ

ショパンは1810年に、東ヨーロッパにあるポーランドのワルシャワという街の近くで生まれました。お父さんはフランス人、お母さんはポーランド人です。

子どもの頃から並外れた音楽の才能を発揮していたショパンは、成長すると数々の名曲を生み出しました。彼が「ピアノの詩人」と呼ばれるようになった理由は、その独特のスタイルと音色にあります。

詩人とは、美しい言葉を選んで人の心をジーンと感動させる「詩(ポエム)」をつくる人のことです。ショパンは言葉の代わりに「ピアノの音」を使って、喜び、悲しみ、切なさ、勇気といった人間の繊細な気持ちを表現しました。

当時のクラシック音楽界では、何十人もの演奏者が集まって迫力ある大音量を鳴らす「オーケストラ(交響曲)」を作ることが大作曲家の証とされていました。あのベートーヴェンなどがその代表です。しかしショパンは、大きなオーケストラよりも、たった1台のピアノで人の心の奥深くに語りかける道を選びました。

オーケストラとピアノの違い
オーケストラの大迫力(ベートーヴェンなど)
何十人もの楽器で大地を揺るがすような大音量を響かせる!
壮大な自然や運命との戦いなど、スケールの大きな世界を描き出す!
ピアノ1台の繊細な歌声(ショパン)
たった1台のピアノで、ささやくような優しい音から力強い音まで奏でる!
誰にも言えない秘密の気持ちや切ない想いを、心に直接語りかける!

7歳で天才作曲家!幼少期のびっくりエピソード

ショパンの才能は、子どもの頃からズバ抜けていました。

わずか4歳からお母さんやお姉さんにピアノを習い始めると、あっという間に先生の腕前を追い越してしまいます。そしてなんと7歳のときには、初めての曲を作曲して楽譜が出版され、「モーツァルトの再来(天才少年の生まれ変わり)」と大評判になりました。8歳で初めて貴族たちの前でコンサートを開いたときも、堂々とした演奏で人々をあっと驚かせたのです。

ショパンの感受性の豊かさを物語る、こんな有名なエピソードもあります。

ある夜、家族が眠っていると、真っ暗な部屋から突然ピアノの音が聴こえてきました。驚いた両親がそっと見に行くと、幼いショパンが月明かりに照らされながら、夢中になってピアノを弾いていたのです。ショパンは頭の中に浮かんだ美しいメロディをどうしても音にしたくて、ベッドを抜け出して涙を流しながら鍵盤に向かっていました。

さらにショパンは、ピアノを使って友達を喜ばせる名人でもありました。学校で友達がいたずらをして先生に怒られたり、悲しいことがあったりすると、その友達の気持ちや様子をピアノの即興演奏(その場でメロディを考えて弾くこと)で表現して、みんなを笑わせたり元気づけたりしたそうです。小さな頃から、音楽で人の心と通じ合う特別な力を持っていたのですね。

はると
はると
暗闇の中で月明かりを浴びながらピアノを弾くなんて、小さい頃から集中力が半端じゃないな!友達の気持ちをピアノで弾いてみせるのも、サッカーでいうノールックパスみたいにおしゃれだな!
ひまり
ひまり
ふふ、人の気持ちを音で表現できるなんて本当に素敵よね。ショパンは人の心の動きに人一倍敏感で、それをそのままピアノの音に変える特別な耳と指を持っていたのよ。
月明かりの夜に

一度は聴いたことがある!ショパンの名曲たち

ショパンが残した名曲は、今でも世界中のピアノ学習者やプロのピアニストたちに愛され続けています。ここでは、小学生のみなさんにもぜひ聴いてほしい代表的な名曲を4つ紹介します。

子犬のワルツ(ワルツ第6番)

クラシック音楽の中でもトップクラスに有名な、明るく可愛らしい曲です。

ある日、ショパンが親しくしていた女性が飼っていた子犬が、自分のしっぽを追いかけてグルグルと円を描いて走り回っていました。「なんて可愛いんだろう!」と目を細めたショパンは、その子犬の愛らしい動きをそのままピアノの音にしました。

コロコロと鍵盤の上を転がるような素早いメロディは、まさに元気いっぱいな子犬そのもの。聴いているだけで思わず笑顔になってしまう名曲です。

雨だれの前奏曲(前奏曲第15番)

静けさと激しさがドラマチックに入り混じる名曲です。

ショパンが地中海に浮かぶマヨルカ島という美しい島で過ごしていた雨の日に作られました。曲の最初から最後まで、左手で「ポツ、ポツ、ポツ……」と一定のリズムの音が繰り返されます。これは、屋根に落ちる雨粒の音を表現しています。

曲の途中になると、まるで空が真っ暗になって雷雨が吹き荒れるように、重く激しい音へと変化します。そして嵐が去ると、再び静かな雨粒の音へと戻っていきます。天気の変化と人間の不安な気持ちが見事に重なり合う名曲です。

革命のエチュード(練習曲作品10の第12番)

ショパンの曲の中でも、もっとも激しく情熱的な曲のひとつです。

左手が荒波のように鍵盤を激しく駆け巡り、右手が悲痛な叫びのような鋭い和音を打ち鳴らします。20歳のショパンが故郷ポーランドを離れた直後、祖国で反乱が起き、大国ロシアに鎮圧されてしまったという悲報が届きました。「祖国が大変なときに、自分は何もできないのか!」という激しい怒りと悔しさが、炎のような音楽となって爆発した一曲です。

英雄ポロネーズ(ポロネーズ第6番)

聴いているだけで背筋がピンと伸び、胸の奥から勇気が湧いてくる堂々とした名曲です。

「ポロネーズ」とは、ポーランドの伝統的な貴族の踊りのリズムのことです。ショパンはこの曲で、祖国ポーランドの歴史ある騎士たちの誇りと力強さを歌い上げました。力強いファンファーレのような響きから始まり、大地を力強く踏みしめるようなリズムが響き渡ります。

Q. 「エチュード(練習曲)」なのに、どうしてコンサートで弾かれるの?
A. ふつうの練習曲は指を速く動かすための地味なトレーニングが多いけれど、ショパンのエチュードは最高に美しくてカッコいい芸術作品なんだ。世界一のピアニストたちが腕前を競い合うコンサートの主役として、今でも世界中で拍手喝采を浴びているんだよ!
はると
はると
「子犬のワルツ」って、犬がしっぽを追っかけてる姿から生まれたのか!俺の近所の犬もよくクルクル回ってるけど、あんなにかっこいい曲に仕上げちゃうなんて驚きだな!
ひまり
ひまり
身近な可愛い仕草から、祖国を想う激しい怒りまで、ピアノ1台でまったく違う景色を描き分けるのがショパンの凄さなのよね。「英雄ポロネーズ」の力強さも感動的だわ。
子犬のワルツ

体は弱くても心は強い!ふるさとを愛した生涯

世界中で大絶賛されたショパンですが、その人生は楽しいことばかりではありませんでした。むしろ、病気や孤独、そして愛する故郷への切ない想いと闘い続けた一生だったのです。

二度と戻れなかった大好きな祖国

20歳になったショパンは、さらに広い世界で音楽家としての腕を磨くため、故郷ポーランドのワルシャワを離れて外国へ留学する決意をします。

旅立ちの日、友人たちはショパンのために銀の杯を用意し、その中に「ポーランドの土」を入れて手渡しました。「どこへ行っても、私たちの故郷を忘れないでほしい」という願いが込められていました。

しかしその直後、ポーランドで大きな戦乱が起き、他国に支配されてしまいます。政治的な理由から、ショパンは二度と生きて祖国の土を踏むことができなくなってしまいました。ショパンは生涯、友人たちからもらった祖国の土を大切に手元に置き、遠いフランスのパリから祖国を想い続けました。

ショパンのピアノは「祖国へのラブレター」!
遠く離れた大都会パリで暮らしながらも、ショパンの心はいつも生まれ故郷のポーランドにありました。ピアノの鍵盤を叩くたび、懐かしいふるさとの風景や愛する人々への熱い想いが、美しいメロディとなってあふれ出ていたのです。

病気と闘いながら、小さなサロンで奏でた音楽

フランスのパリに拠点を移したショパンは、時代の寵児として貴族や芸術家たちの間で一躍人気者になりました。

しかし、ショパンには大きな悩みがありました。彼は生まれつき体が弱く、当時治療が難しかった結核という肺の病気に苦しんでいたのです。体重はわずか40キロほどしかなく、何千人も入るような大ホールで力いっぱいピアノを弾く体力はありませんでした。

そのためショパンは、大勢の観客が集まる巨大なコンサートを避け、親しい友人たちだけが集まる小さな部屋(サロン)でピアノを弾くことを好みました。ろうそくの明かりが揺れるサロンで、ショパンが紡ぎ出す繊細で透き通るような音色を聴いた人々は、あまりの美しさに涙を流して聞き入ったといいます。

祖国へ帰ったショパンの心臓

病状は次第に悪化し、1849年10月17日、ショパンはわずか39歳という若さでこの世を去りました。

息を引き取る直前、ショパンはそばにいた姉に最後の願いを託しました。

「私の体はパリの土に埋められても構わない。でも、私の心臓だけは、どうか愛する祖国ポーランドへ連れて帰ってほしい」

姉はその遺言を守り、ショパンの心臓を大切にポーランドの首都ワルシャワへと持ち帰りました。そして現在でも、ワルシャワにある「聖十字架教会」の柱の中に、ショパンの心臓が大切に納められています。

体は病弱で若くして亡くなってしまいましたが、祖国を愛するショパンの心は誰よりも強く熱く燃えていました。その魂が宿っているからこそ、ショパンの音楽は200年近く経った今でも世界中の人々の心を揺さぶり続けているのです。

はると
はると
39歳で亡くなったのか……。心臓だけでも祖国に帰りたいと願うなんて、どれだけふるさとを愛していたかが伝わってきて胸が熱くなるな。
ひまり
ひまり
ええ。重い病気と闘いながら、命の炎を燃やして名曲を生み出し続けたのね。体は弱くても、胸の中には誰にも負けない強い情熱と愛があったからこそ、聴く人の心を今も癒してくれるのね。
祖国を想いピアノを奏でるショパン

まとめ

📝 今日のまとめノート
1 ピアノの詩人:オーケストラではなくピアノ1台をとことん極め、人間の心の声を歌わせた大天才!
2 7歳で作曲した神童:月明かりの下で弾いたり友達の気持ちを即興で表現するなど、子どもの頃から豊かな感受性を持っていた!
3 情景が浮かぶ数々の名曲:「子犬のワルツ」や「雨だれ」「革命のエチュード」など、情景や激しい感情が音で見える!
4 ふるさとを愛し抜いた39年の生涯:二度と帰れなかった祖国ポーランドを想い続け、今もその心臓は祖国の教会に眠っている!
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はると
はると
今日のサッカーの練習が終わったら、YouTubeで「子犬のワルツ」と「革命のエチュード」を聴き比べてみるぞ!宿題も快速テンポで終わらせてから、じっくり名曲を味わうぞ!
ひまり
ひまり
ふふ、有言実行でお願いね!ピアノ1台で世界中の人の心を動かしたショパンのように、自分の大好きなことに情熱を注いでいきましょうね!
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