小学生でもわかる!「渋沢栄一(しぶさわ えいいち)」

渋沢栄一

はじめに

2024年にデザインが一新された新しい一万円札。その真んなかに大きく描かれている、優しそうな表情のおじいさんを見たことがあるかな?

この人物こそが、今回の主役である渋沢栄一です!

「一万円札といえば福沢諭吉じゃないの?」と思う人も多いかもしれません。でも実は、渋沢栄一は私たちが毎日乗っている電車や使っている電気・ガス、お金を預ける銀行など、今の日本の暮らしを支える仕組みの土台をほとんど一人で作ってしまった、とんでもないスーパー実業家なのです。

なんと、彼が立ち上げに関わった会社の数は500以上!さらに、病院や学校などの社会福祉施設も600以上応援しました。

なぜ農家の家に生まれた少年が、日本の経済を動かす「日本資本主義の父」と呼ばれるまでになったのでしょうか?その波乱万丈でワクワクする人生と、現代の私たちにも役立つ大切な教えを一緒に見ていきましょう!

はると
はると
俺、おじいちゃんが持っていた新しい一万円札を見せてもらったんだ!この優しそうなおじいさん、そんなにすごいスーパーマンだったのか?
ひまり
ひまり
ふふ、そうなのよ。渋沢栄一は「日本資本主義の父」と呼ばれていて、今の日本を作ったすごい人なのよ。一緒にその秘密を調べてみましょう!

渋沢栄一ってどんな人?「日本資本主義の父」

渋沢栄一は、1840年に今の埼玉県深谷市にある農家に生まれました。

当時の日本は、まだチョンマゲを結った武士が国を治めていた江戸時代です。農家といっても、栄一の家はお米を作るだけでなく、着物を青く染めるための原料「藍玉」を作って売る商売もしていました。

子どもの頃の栄一は、とても勉強熱心な男の子でした。7歳になると、中国の昔の偉い学者・孔子の教えが書かれた『論語』という本を熱心に読み始めます。さらに、14歳のときにはお父さんの代わりに一人で藍玉の買い付けに出かけ、大人たちを相手に見事な商売をして周りを驚かせました。

Q. 「日本資本主義の父」ってどういう意味?
A. 資本主義とは、みんなが自由にお金を出し合って会社を作り、国を豊かにしていく仕組みのこと。その土台を日本で最初に築いたから「父」と呼ばれているんだよ!

ところが、当時の社会は「武士が一番偉くて、農民や商人は身分が低い」と決まっていました。ある日、威張り散らすお代官様(武士の役人)から理不尽なお金を要求された栄一は、「身分が上というだけで威張るなんておかしい!」と激しい怒りを覚えます。

やがて青年になった栄一は「こんな不公平な幕府は倒さなきゃいけない!」と立ち上がろうとしますが、不思議な運命のめぐり合わせによって、江戸幕府の最後の将軍となる徳川慶喜の弟・昭武に仕えることになります。

農民から将軍の家来へ。実力と頭の良さを認められた栄一は、人生の大きなチャンスをつかむことになったのです。

はると
はると
農家の生まれから将軍の家来になるなんて、サッカーでいえば地域クラブからいきなり日本代表に抜擢されたような大出世だな!
ひまり
ひまり
ええ、身分にとらわれず実力を見込まれたのね。子どもの頃からたくさん本を読んで、商売の現場で真剣に学んでいた努力があったからこそよ。
渋沢栄一の肖像写真
▲ 渋沢栄一の肖像写真(出典: Wikimedia Commons)

パリ万博への大航海!近代国家の仕組みに大衝撃

27歳になった栄一に、人生を180度変える大事件が起こります。1867年、フランスのパリで開かれる「万国博覧会」に、主人の昭武と一緒に行く使節団のメンバーに大抜擢されたのです。

まだ飛行機のない時代ですから、船に乗って何か月も海を渡る大航海でした。長い旅の末にたどり着いたヨーロッパの街並みを見て、栄一は腰を抜かすほど驚きます。

街には蒸気機関車が走り、夜でもガス灯の明かりで明るく輝き、巨大な鉄の建物が並んでいました。しかし、栄一が何よりも衝撃を受けたのは、機械や建物のすごさだけではありませんでした。

それは、ヨーロッパの「社会の仕組み」でした。

一人では買えない大きな船も「みんなでお金を出し合えば」買える!
栄一がヨーロッパで一番驚いたのは「合本」という考え方でした。一人では買えない高価な船や大きな工場も、何百人、何千人もの人が少しずつお金を出し合えば実現できる。これこそが「株式会社」の秘密だったのです!

さらに栄一を驚かせたのは、駅で軍の偉い将軍と銀行の頭取(社長)が、対等な立場で仲良く談笑している姿でした。

武士が商人を上から目線で見下していた日本とは違い、ヨーロッパでは商売をする人が社会のために尊敬され、国を支える大切な存在として扱われていたのです。

「これだ!日本を本当に強い国にするには、身分の壁をなくし、みんなでお金を出し合って大きな仕事をする仕組みが必要なんだ!」

栄一は夢中でヨーロッパの経済、銀行、鉄道、病院の仕組みをノートに書き留め、日本を近代的な国に生まれ変わらせる決意を固めました。

はると
はると
日本じゃ武士が一番偉そうにしていたのに、ヨーロッパじゃ軍人も社長も対等に肩を組んでいたのか!そりゃ栄一も目を丸くするわけだよな!
ひまり
ひまり
ふふ、身分ではなく「誰が社会に役に立っているか」を大切にしていたのね。栄一の柔軟な頭があったからこそ、海外の素晴らしい仕組みを素直に吸収できたのね。
1867年パリ万国博覧会の様子
▲ 1867年パリ万国博覧会の様子(出典: Wikimedia Commons)

500の会社を設立!みんなでお金を出し合う仕組み

ヨーロッパで学んでいる最中、日本からは「江戸幕府が倒れて明治時代になった」という大ニュースが届きます。日本へ帰国した栄一は、新しい明治政府から頼まれて大蔵省(今のお金を管理する財務省)の役人になりました。

栄一は日本のお金の制度を整えるなど大活躍しましたが、「お役所の中にいるだけでは、日本は豊かにならない。民間の力で会社をたくさん作らなければ!」と考え、33歳でスパッと役人を辞めて民間のビジネスマンに転身します。

そこから始まったのが、前代未聞の「会社づくりラッシュ」でした。栄一が関わった会社は、生涯でなんと500以上にのぼります!

渋沢栄一が作った・育てた主な会社や仕組み
第一国立銀行(現在のみずほ銀行)
日本で最初の銀行。みんなのお金を集めて新しいビジネスに貸し出した。
東京証券取引所
会社が広くみんなからお金を集めるための市場を作った。
東京海上火災保険(現在の東京海上日動)
貿易船が沈んでも助け合える保険の仕組みを導入。
日本鉄道(現在のJR東日本などの路線)
全国に線路を敷いて人や物をすばやく運べるようにした。
王子製紙・サッポロビール・帝国ホテル・東京ガス
今でも私たちが使っている身近な会社がズラリ!

ここで渋沢栄一の最も素晴らしいところは、「会社を作っても、自分のものにして大金持ちになろうとはしなかった」という点です。

会社の基礎をしっかり作り、事業がうまく回るようになったら、自分はサッと身を引いて次の新しい会社を作りに行きました。栄一の目的は「自分がお金持ちになること」ではなく、「日本中のみんなが豊かになること」だったからです。

はると
はると
500社ってとんでもない数だな!自分がワンマン社長になっていばるんじゃなくて、日本を強くするために絶妙なパスを出し続けた司令塔みたいだよな!
ひまり
ひまり
本当にその通りね!栄一は自分だけが目立つストライカーじゃなくて、みんなが活躍できるようにピッチ全体を整える最高のキャプテンだったのよ。
会社の設立

大切な教え「論語と算盤」!正しい心でお金を稼ぐ

渋沢栄一が一生を通じて人々に伝えた一番大切なメッセージが、有名な「論語と算盤」という教えです。

  • 論語:人を思いやる優しい心、嘘をつかない正直さ、社会のルールを守る「道徳」。
  • 算盤:昔の計算道具(今でいう電卓やパソコンの計算)で、計算して利益を出し、ビジネスを成功させてお金を増やす「経済」。

栄一は、「このふたつは、車の両輪のように絶対に揃っていなければならない!」と強く主張しました。

道徳「論語」正しい心とルール
人を思いやり、嘘をつかず正直に行動する!
自分だけの利益ではなく、みんなの幸せを一番に考える!
経済「算盤」みんなを豊かにする稼ぐ力
正しい仕事をしてしっかりとお金を稼ぐ!
稼いだお金で新しい仕事を作り、世の中を便利にする!

もし「算盤(お金儲け)」ばかり考えていたらどうなるでしょうか?「自分さえ儲かればいい」と人を騙したり、危険な商品を売ったりして、社会はめちゃくちゃになってしまいますよね。

でも逆に、「論語(道徳)」ばかり言っていても、お金を稼ぐ力がなければ新しい電車を走らせることも、困っている人を助けることもできません。

「正しい心を持って、しっかりとお金を稼ぐ。そしてそのお金でみんなを幸せにする」。この考え方は、SDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれる今の時代でも、世界中のビジネスマンから大絶賛されています。

はると
はると
サッカーでも、反則して勝っても全然カッコよくないもんな!正々堂々と全力を尽くして勝つからこそ意味があるんだよな!
ひまり
ひまり
その通りね、はると!「ずるいお金儲けは絶対に長続きしない」という栄一の教えは、勉強やスポーツ、日頃の友達づきあいにも通じる大切な教訓ね。
論語と算盤のバランス

お金儲けだけじゃない!600もの社会事業を応援

渋沢栄一のすごさは、会社作りだけにとどまりません。困っている人を助ける福祉活動や、子どもたちを育てる学校作りなど、なんと600以上もの社会事業に情熱を注ぎました。

栄一が特に力を入れた3つの活動を見てみましょう。

STEP 1 困っている人を守る福祉施設「養育院」
親のいない子どもやお年寄り、病気で働けない人たちを保護して育てる施設「養育院」の院長を、亡くなる直前まで50年以上も務めました。どんなに忙しくても、子どもたちに優しく声をかけ続けたといいます。
STEP 2 未来をひらく女性たちの教育を応援
これからの日本には女性の活躍が欠かせないと考え、津田梅子(新五千円札の顔!)が作った女子英学塾(現在の津田塾大学)や、日本女子大学などの設立を資金と行動力で全力バックアップしました。
STEP 3 世界の国々と手をつなぐ平和への架け橋
戦争や災害で傷ついた人を助ける「日本赤十字社」の設立を支援したほか、日本とアメリカが仲良くできるように子どもの人形(青い目の人形)を贈り合う平和交流にも力を尽くしました。

「富(お金)は自分一人のものではなく、社会から預かっているものだ」。そう信じていた栄一は、91歳で天国へ旅立つその日まで、世のため人のために働き続けました。

自分の利益のためではなく、みんなの笑顔のために全力疾走したからこそ、今でも多くの人に尊敬され、新一万円札の顔として選ばれたのです。

はると
はると
会社を500個作っただけでも超人なのに、福祉や学校も600個支援したなんて……本当にすごいエネルギーだな!俺なら毎日サッカーの試合に出るよりバテちゃうぞ!
ひまり
ひまり
私、看護師を目指しているから、困っている人や子どもたちを50年も支え続けた栄一の温かい心に深く胸を打たれちゃうわ。本当のヒーローね!
日米親善で贈られた青い目の人形
▲ 日米親善で贈られた青い目の人形(出典: Wikimedia Commons)

まとめ

新一万円札の顔、渋沢栄一のワクワクするような活躍はいかがでしたか?

📝 今日のまとめノート
1 「日本資本主義の父」:ヨーロッパで学んだ「合本(みんなでお金を出し合う仕組み)」をもとに、銀行や鉄道など500以上の会社を立ち上げた!
2 「論語と算盤」の心:ずるいお金儲けはダメ!正しい道徳を守りながら、しっかりと経済を豊かにして世の中に役立てることを大切にした!
3 600もの社会事業を支援:養育院や女性の大学、赤十字など、困っている人を助けて未来を育てる活動に一生を捧げた!
🖍️ ✏️

渋沢栄一が残した「正しい心でみんなのために力を尽くす」というメッセージは、100年以上経った今の私たちにも大切なことを教えてくれています。

お財布の中の一万円札を見かけたら、日本の未来のために走り続けたスーパービジネスマンの物語をぜひ思い出してみてくださいね!

【参考文献・公式サイト】

はると
はると
よーし!俺もサッカーでパスを回してみんなを活かして、正々堂々と勝利をつかむ「論語と算盤」のストライカーを目指すぞ!……って、まずは宿題の計算ドリルを片付けなきゃ!
ひまり
ひまり
ふふ、気づいたわね!算数のドリルをしっかり終わらせて、まずは「算盤」の力を身につけましょう!一緒に頑張ろうね!
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