はじめに
学校の歴史の教科書を開いたとき、誰もが一度は目を奪われる超有名な肖像画があります。そう、「頭のてっぺんが丸くツルツルになっているあの人」、フランシスコ・ザビエルです!
思わずクスッと笑ってしまうユニークな見た目から、教室で友達と話題にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
でも、ザビエルが「いったい何をした人なのか」「なぜ日本にやってきたのか」を詳しく知っていますか?
実はザビエルは、ヨーロッパのスペインにある大きなお城で生まれた貴族のお坊ちゃんでした。さらに、当時の最高峰である名門パリ大学を卒業した、頭脳明晰な超エリートだったのです!
そんな大金持ちのエリートが、なぜ命を落とす危険をおかしてまで、地球の反対側にある未知の国・日本を目指したのでしょうか?
この記事では、あの不思議な髪型のヒミツから、8年間にも及ぶ大航海時代の過酷な航海、そして日本の戦国武将たちとのドラマチックな出会いまで、小学生にもわかりやすく楽しく解説します!
歴史の教科書を開くと、真っ先にあの髪型に目がいっちゃうよな!でも、お城生まれの超エリートだったなんて全然知らなかったよな!
ふふ、教科書の中で一番印象に残る肖像画かもしれないわね。でもザビエルは、すごい情熱と勇気を持って世界中を旅した本物のチャレンジャーなのよ。
なんで頭が丸いの?髪型の秘密
まずは、みんなが一番気になっている疑問から解き明かしていきましょう。「ザビエルの頭のてっぺんは、ハゲていたのか? それとも自分で剃っていたのか?」という問題です。
結論から言うと、あれは「自分でわざと剃っていた」のです!
この髪型にはちゃんとした名前があり、「トンスラ(日本語では剃髪)」と呼ばれています。カトリック教会の修道士や神父さん(キリスト教の先生)たちがしていた、とても神聖で特別なヘアスタイルなのです。
では、なぜわざわざ頭のてっぺんだけを丸く剃り落としていたのでしょうか? それには3つの大切な理由がありました。
- 神様への誓いの証:髪の毛をおしゃれにセットしたり自慢したりするプライドを捨て、「私は神様だけに一生を捧げます」という謙虚な気持ちを示すため。
- イエス・キリストの苦しみを忘れないため:キリストが十字架にかけられたとき、頭にトゲのある「茨の冠」をかぶせられました。トンスラは、その冠の丸い形を模していると言われています。
- 神様の光を受け取るアンテナ:頭のてっぺんを空に向けて開けておくことで、天からの神様の恵みや光をまっすぐに受け取るという意味も込められていました。
Q. ザビエルの頭は生まれつきあんな形だったの?
A. いいえ!カトリック教会の神父さんになる神聖な誓いとして、ハサミやカミソリで頭のてっぺんを丸く剃り落とす「トンスラ」という伝統的なヘアスタイルだったんだよ。
ちなみに、現代の研究によると、ザビエルが荒波を越えて日本にやってきたときには、長い航海のせいで髪の毛が伸びていて普通の髪型だったという説もあります。
あの有名な肖像画は、ザビエルが亡くなってから何十年もあとに日本の絵師が描いたものなので、「カトリックの神父さんといえばトンスラだ!」ということであの姿で描かれたのかもしれませんね。
おしゃれを捨てて神様に仕えるための気合いの証だったのか!サッカー部が気合いを入れるために丸坊主にするのと、少し似ているところがあるかもな!
ふふ、神様への純粋な祈りと決意の表れだったのね。「ハゲてる」なんてからかったらザビエルに失礼だったわ。理由を知ると見え方がガラリと変わるわね。
命がけの航海!日本へ向かう8年の壮大な挑戦
超エリートだったザビエルは、なぜヨーロッパから遠く離れたアジア、そして日本を目指すことになったのでしょうか?
大学を卒業したザビエルは、親友のイグナチオ・デ・ロヨラたちと一緒に「イエズス会」という新しいキリスト教のグループを結成しました。イエズス会の目的は、「世界中に飛び出して、キリスト教の教えと愛を広めること」でした。
当時のヨーロッパは「大航海時代」の真っ只中。ポルトガルやスペインの船が、新しい土地やスパイス(香辛料)を求めて世界中の海へ繰り出していました。ポルトガル国王から「東洋へ行って教えを広めてほしい」と頼まれたザビエルは、迷うことなく宣教師として旅立つことを決意します。
しかし、当時の船の旅は、まさに「生きて帰れるかわからない命がけの航海」でした。
飛行機もGPSもエンジンもない時代です。木造の帆船で風だけを頼りに進む海には、想像を絶する困難が待ち受けていました。
- 荒れ狂う嵐と巨大な波:船が転覆すれば即座に海の底へ沈んでしまいます。
- 恐ろしい海賊の襲撃:武器を持った海賊に襲われる危険が常にありました。
- 壊血病などの病気:新鮮な野菜や果物を食べられないためビタミンが不足し、全身から血が出て命を落とす船員が続出しました。
そんな地獄のような環境のなかでも、ザビエルは船の中で病気になった人たちを一生懸命に看病し、励まし続けました。
STEP 1
ポルトガル・リスボンを出発!(1541年)
大西洋を南下し、荒れ狂う「喜望峰(アフリカ大陸の南端)」を命がけで突破。インドのゴアにたどり着くまで、なんと1年以上もかかりました。
STEP 2
マレー半島の港町マラッカで「運命の出会い」
インド各地で活動したあと、さらに東のマラッカへ向かったザビエルは、そこでポルトガル船に乗っていた日本人のヤジロウ(アンジロー)と出会います。
STEP 3
ヤジロウから日本の素晴らしさを聞く
ヤジロウから「日本人はとても礼儀正しく、理屈や筋が通っていれば納得する知的な人々です」と聞いたザビエルは激しく心を動かされ、「日本へ行こう!」と決心しました。
STEP 4
ついに日本へ出発!荒波を越えて鹿児島へ(1549年)
中国の海賊のようなジャンク船(木造帆船)に乗り込み、台風が吹き荒れる危険な東シナ海を突破して、ついに日本の土を踏んだのです!
リスボンを出発してから日本に着くまでにかかった年月は、なんと約8年間! 強い信念と情熱がなければ、絶対に成し遂げられない壮大な挑戦でした。
8年間も命がけで海を旅するなんて凄すぎるぜ!嵐や病気でいつ死ぬかわからないのに、仲間の看病までしていたなんて、本当にタフで優しい人だったんだな!
ヤジロウさんとの出会いがなければ、ザビエルは日本に来ていなかったかもしれないわね。人との出会いを大切にして、未知の国へ飛び込んだ行動力には尊敬しかないわ。
ついに日本へ!戦国武将も驚いた最新グッズ
1549年、ザビエルはヤジロウの案内で薩摩(現在の鹿児島県)に上陸しました。歴史の授業で習う有名な語呂合わせ「以後よく(1549)広まるキリスト教」の年ですね!
当時の日本は、織田信長が天下統一を目指す少し前の戦国時代でした。日本中のお城で武将たちが戦いに明け暮れており、いつ誰が攻めてくるかわからない緊迫した時代です。
そんな危険な時代に、黒いマントを着た見慣れない外国人たちがやってきたのですから、当時の日本人は腰を抜かすほど驚きました。
ザビエルは布教の許可をもらうため、鹿児島の戦国大名・島津貴久や、山口の大大名・大内義隆に会いに行きました。そのとき、大名たちをあっと驚かせる作戦をとります。それが「ヨーロッパの最先端ハイテクグッズのプレゼント」でした!
チクタクと
自動で
動く「
機械仕掛けの
置時計」
遠くの
景色がハッキリ
見える「
望遠鏡」
美しい
音色を
奏でる「オルゴール」やガラスの
器
日本人の高い知性と礼儀正しさ
初めて
見る
科学技術に
目を
輝かせる
強い
好奇心!
身分が
低くても
文字が
読め、
礼儀正しい
人々!
道理(
理屈)に
合っていれば
素直に
話を
聞く
知性!
これらの宝物を見た大内義隆は「こんな素晴らしい道具は見たことがない!」と大喜びし、ザビエルに布教の許可と住む場所を与えました。
ザビエルは、ただキリスト教を押し付けるのではなく、相手の文化や立場を尊重し、最新の科学技術を通じて心を通わせようとしたのです。
ザビエルが世界に伝えた「日本人の素晴らしさ」
ザビエルは日本で過ごすうちに、日本人のことが大好きになりました。彼がヨーロッパの仲間に書き送った手紙には、日本人の絶賛の言葉が並んでいます。
「この国の人々は、今までに発見された異教徒(キリスト教徒以外の人々)の中で最も優れており、親しみやすく、悪意がなく、驚くほど名誉を重んじる国民である」
ザビエルは、日本人の礼儀正しさや、身分に関係なく多くの人が文字の読み書きができる教育レベルの高さに心から感動したのです。
また、仏教のお坊さんたちとも「宇宙はどうやって生まれたのか?」「善と悪とは何か?」について何日も熱心に議論(問答)を交わしました。
約2年3ヶ月の滞在のあいだに、ザビエルは数百人から千人以上もの日本人に洗礼を授け、日本にしっかりとキリスト教の種を蒔いて次の目的地へと旅立っていきました。
戦国武将たちも、時計や望遠鏡を見せられたらビックリして目が点になっただろうな!お互いに「すげー!」ってリスペクトし合えたのが最高にかっこいいぜ!
異国の文化を見下すのではなくて、日本人の礼儀正しさや知性を心から褒めてくれたのがとても嬉しいわね。相手を思いやる気持ちがあったからこそ、言葉の壁を越えられたのね。
まとめ
教科書の肖像画で有名なフランシスコ・ザビエル。あの特徴的な髪型の裏側には、世界平和を願い、命がけで海を渡った偉大な宣教師の挑戦ドラマが隠されていました。
📝 今日のまとめノート
1
頭の丸みは「トンスラ」:ハゲていたのではなく、神様に一生を捧げる誓いを示した聖職者の特別なヘアスタイルだった!
2
8年間の命がけの航海:嵐や海賊、壊血病などの危険を乗り越え、日本人ヤジロウとの出会いをきっかけに日本行きを決意!
3
1549年に鹿児島へ上陸:時計や望遠鏡などの最新グッズで戦国大名を驚かせ、キリスト教の教えを伝えた!
4
日本人を世界に大絶賛:日本人の礼儀正しさや知的好奇心を認め、ヨーロッパへ手紙でその素晴らしさを伝えてくれた!
🖍️ ✏️
ザビエルが教えてくれるのは、「見た目だけで人を判断しないこと」、そして「未知の世界へ飛び込む勇気と、相手の文化を尊重する温かい心」です。
次に歴史の教科書でザビエルの顔を見かけたら、ぜひその壮大な挑戦の歴史を思い出してみてくださいね!
肖像画の頭ばかり気にして笑っていたけど、ザビエルってものすごい勇気と情熱を持ったチャレンジャーだったんだな!俺も新しいサッカーの技や難しい宿題から逃げずに挑戦してみるぜ!
ふふ、その意気よ、はると!言葉も通じない戦国時代の日本へ飛び込んだザビエルの勇気を見習って、私たちもいろんな新しいことにチャレンジしていきましょうね!
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