小学生でもわかる!「野口英世(のぐちひでよ)」

野口英世

はじめに

みんなはお小遣いやお年玉をもらったとき、千円札をじっくりと眺めたことはありますか?

キリッとした凛々しい表情に、立派な口ひげ。長年にわたって日本の千円札の顔として親しまれてきたこの人物こそが、世界中で恐ろしい病気と戦った偉大な医学者、野口英世です。

新しく北里柴三郎さんのお札が登場した今でも、野口英世の名前は教科書や伝記で必ず見かけるほど有名です。でも、「一体どんなことをして世界中から賞賛されたの?」「どうしてお札に選ばれるほどすごい人になったの?」と聞かれると、パッと答えられない人も多いのではないでしょうか。

でも実は、この真面目そうなヒゲのおじさん、アメリカで「人間じゃない!サイボーグか実験ロボットだ!」と恐れられ、最後は命をかけてアフリカへ渡った超スーパー努力家だったって知っていましたか?

実は、野口英世の人生は決して順風満帆なものではありませんでした。1歳のときに負った一生残る大やけど、食べるものにも困るほどの貧しい暮らし、そして周囲からの心ないからかい……。普通の人間ならくじけてしまいそうな数々の困難が、彼の前に立ちはだかりました。

それでも彼は決してあきらめませんでした。「目に見えない小さな病原体を見つけ出し、世界中の苦しんでいる人を救いたい!」という熱い情熱を燃やし、命を削るような猛烈な努力で世界的な大科学者へと駆け上がっていったのです。

今回は、困難に立ち向かい続けた野口英世の劇的な生涯と、知られざる熱いエピソードを分かりやすくひもといていきます!

はると
はると
千円札のヒゲのおじさんだ!俺、お小遣いをもらうたびによく見てたけど、何をした人なのかは全然知らなかったぜ!
ひまり
ひまり
野口英世は、世界中の人々の命を病気から救おうとした、とってもすごいお医者さん・科学者なのよ。知れば知るほど尊敬しちゃうんだから!

大やけどを乗り越えて!少年・清作のあきらめない心

みんなは、転んですり傷を作ったり、熱いヤカンを触ってヒヤッとしたりした経験はありますか?それだけでもすごく痛くて、思わず泣きたくなってしまいますよね。しかし、野口英世の少年時代には、命に関わるほどの大事件が起きていました。

1歳半で負った大やけどと貧しい家

野口英世の本名は「清作」といいました。1876年、福島県の猪苗代湖の近くにある、雪深い寒村の貧しい農家に生まれました。

事件が起きたのは、清作がわずか1歳半のときのことです。お母さんのシカさんが畑仕事に出るため、家で少し目を離したほんのわずかなすきに、清作は家の中にあった「いろり(炭火が赤々と燃えている場所)」の中に誤って落ちてしまったのです。

泣き叫ぶ声を聞いて駆けつけたお母さんが必死で助け出しましたが、清作の左手は炭火で焼かれ、指がくっついて手のひらに固まってしまうほどの大やけどを負ってしまいました。当時の家はとても貧しく、すぐに医者を呼んで高価な治療を受けさせるお金もありませんでした。

お母さんのシカさんは、「自分のせいで息子の手に大けがをさせてしまった」と深く自分を責め、涙を流しながら毎日清作を抱きしめたといいます。

からかわれても負けない!「勉強で日本一になる」

大きくなった清作は小学校に通い始めますが、左手が不自由だったため、同級生からからかわれたり、いじめられたりすることもありました。さらに、農村では手を使って力いっぱい畑仕事をすることが当たり前だったため、「左手が使えない清作は、大人になっても一人前にはなれない」と冷たい言葉を投げかけられることすらありました。

悔しくて悔しくて、何度も涙を流した清作。しかし、彼は決して腐りませんでした。

「左手で力仕事ができないのなら、頭を使って誰にも負けない人間になってみせる!勉強なら、手が不自由でも日本一になれるはずだ!」

そう決意した清作は、夜遅くまで油の灯りで本を読みあさり、睡眠時間を削って猛勉強を続けました。その結果、学校で常に学年トップのずば抜けた成績をおさめるようになり、先生たちを驚かせました。

友情と恩師が集めてくれた「奇跡の手術代」

清作のひたむきな努力を一番近くで見ていたのが、小学校の先生である小林佐三郎先生や、心優しい同級生たちでした。

「あんなに一生懸命勉強している清作の左手を、なんとか治してあげられないだろうか」

先生の呼びかけによって、同級生や地域の人々が自分のお小遣いや生活費を少しずつ出し合い、清作のために手術代を集めてくれたのです。

こうして清作は町の大病院で左手の手術を受けることができました。癒着して固まっていた指がメスによって切り離され、指が一本一本開いた瞬間、清作は言葉にできないほどの感動を覚えました。

「お医者さんの技術って、なんて素晴らしいんだ!手が開くだけで、こんなに世界が明かるく見える。僕もこの先生のように、病気やけがで苦しむ人を救う医者になるんだ!」

この奇跡の手術こそが、後に世界を舞台に活躍する医学者・野口英世が誕生した運命の原点だったのです。

STEP 1 絶望的な大やけどと勉強への決意
1歳半でいろりに落ちて左手に大やけどを負う。「左手が不自由でも勉強なら日本一になれる!」と猛勉強を始めました。
STEP 2 先生や友達の温かい応援と奇跡の手術
努力する清作の姿に心打たれた先生や仲間がお金を出し合い、手術代をプレゼント。開かなかった指が動き、医者への夢が芽生えます。
STEP 3 死にものぐるいの勉強で難関試験に合格!
普通なら大学を出ないと受からない超難関の国家医師試験に、わずか20歳で一発合格!正式なお医者さんになりました。
はると
はると
指が動かなくなっても腐らずに、勉強で一番になるなんてかっこいいな!俺なら「サッカーができない」って落ち込んじゃうところだよな。
ひまり
ひまり
友達や先生が自分のお金を出し合って手術代を集めてくれたのも、清作の頑張る姿に心を打たれたからよね。お医者さんへの感謝が大きな夢につながったのね!
福島県猪苗代町にある野口英世の生家
▲ 福島県猪苗代町にある野口英世の生家(出典: Wikimedia Commons)

顕微鏡が相棒!「いつ眠るの?」と言われた猛烈な研究

努力の末、20歳という若さで医師の試験に合格した清作は、心機一転、名前を「英世」と改めました。

しかし英世は、病院で患者を手術する医者ではなく、病気そのものを引き起こす目に見えない原因を突き止める「細菌学」の研究者を目指す道を選びます。「原因となる菌を見つけなければ、本当に病気を撲滅することはできない」と考えたからです。

単身アメリカへ!世界最高峰の研究所へ飛び込む

もっとハイレベルな研究がしたいと考えた英世は、周囲の反対や資金難を乗り越えて、1900年、24歳で単身アメリカへと渡りました。

当時の日本人はアメリカではまだまだ珍しく、人種差別や言葉の壁もありました。しかし、英世は持ち前の度胸と情熱で、アメリカでもトップクラスの医学研究機関である「ロックフェラー医学研究所」に所属することに成功します。

そこで英世が見せた研究への熱中ぶりは、周囲のアメリカ人研究者たちの想像を絶するものでした。

「ヒデヨはいつ眠るんだ?」超人的な実験の日々

研究所に入った英世は、朝早くから夜中まで、寝食を忘れて研究室にこもり続けました。相棒である顕微鏡を何時間ものぞき込み、試験管を振る毎日です。

アメリカの同僚たちが夕方に仕事を終えて帰宅するときも英世は実験を続け、翌朝出勤してくると、英世は昨日と同じ服のまま顕微鏡をのぞいていました。

「ヒデヨ・ノグチは一体いつ眠っているんだ?」 「彼は人間じゃない。実験するために生まれてきたロボットかサイボーグじゃないか?」

同僚たちは目を丸くして驚きあきれました。英世は「人は8時間寝るというが、私は3時間眠れば十分だ」と笑って答え、実験に没頭し続けたといいます。

当時、世界中で恐れられていた難病に「梅毒」がありました。脳や神経を冒して命を奪う恐ろしい病気ですが、その病原菌が患者の脳の中に本当にいるのかどうかは、誰も証明できていませんでした。

英世は何千枚、何万枚ものガラスプレートを作り、狂気とも言える集中力で顕微鏡をのぞき続けました。そしてついに、患者の脳から梅毒の病原体である「スピロヘータ」を発見することに世界で初めて成功したのです!

この大発見は「医学界の奇跡」として世界中で大ニュースとなり、野口英世の名は一躍、世界屈指の天才科学者として地球上に轟きました。ノーベル賞の候補にも何度も名前が推薦されるほど、彼の名声は高まったのです。

普通の人々の生活リズム
朝起きて昼間に働き、夜はしっかり睡眠をとる
失敗が続くとあきらめて別の方法を探す
自分の時間や趣味も大切にしながら過ごす
野口英世の研究スタイル
「睡眠時間は3時間で十分!」と豪語して研究室に没頭
顕微鏡を何万回ものぞき、成功するまで絶対にやめない
誰よりも早く実験を始め、誰よりも遅くまで手を動かす
はると
はると
3時間睡眠で実験し続けるなんてすごすぎる!俺なら試合の前でも居眠りしちゃうよな。絶対に病気の原因を見つけるっていう気迫がハンパないぜ!
ひまり
ひまり
目に見えない小さな菌を見つけるために、何万回も顕微鏡をのぞき続けるなんて、並大抵の集中力じゃできないわ。世界中の患者さんを救いたいという強い執念があったのね。
研究に使われたクラシックな光学顕微鏡
▲ 研究に使われたクラシックな光学顕微鏡の実物写真(出典: Wikimedia Commons)

命がけでアフリカへ!黄熱病との最後の戦い

世界的な大スター科学者となった野口英世。名誉も地位も手に入れた彼でしたが、決して安らかな生活に落ち着くことはありませんでした。彼の目は、さらに危険で未知の病気に苦しむ人々へと向けられていたのです。

人類を脅かす謎の熱病「黄熱病」

当時、中南米やアフリカなどで猛威を振るい、何万人もの命を奪っていた恐ろしい伝染病がありました。それが「黄熱病」です。

蚊が媒介するこの病気にかかると、突然40度近い高熱が出て、皮膚や目が黄色くなり(黄疸)、内臓から出血して命を落としてしまいます。当時の医学では治療法もワクチンもなく、人々から「死の病」として恐れられていました。

英世は黄熱病の研究を始めましたが、南米で採取した病原体と、アフリカで流行している病原体とで、どうしても実験のつじつまが合わない謎に直面しました。

「現地へ行って、直接患者の血液を調べなければ真実は分からない!」

英世は、感染のリスクが極めて高いアフリカへ自ら乗り込むことを決意します。

「引き止めないでくれ」危険を顧みないアフリカ行き

当時、黄熱病が流行している地域へ足を踏み入れることは、まさに「死地に飛び込む」ような危険な行為でした。英世はすでに51歳。長年の超人的な激務で、体は決して万全ではありませんでした。

アメリカの同僚や友人たちは口をそろえて引き止めました。 「ノグチ、君はすでに世界的な名声を得ている。命を危険にさらしてまで行く必要はない!」

しかし、英世の意志は揺らぎませんでした。 「私を待っている患者がいる。病気の正体を突き止められるのは私しかいないんだ」

1927年、英世は西アフリカのアクラ(現在のガーナ)に降り立ちました。電気も水道も満足に通っていない過酷な環境と強烈な暑さの中、英世は休むことなく研究室にこもり、連日連夜、黄熱病の患者から採った血液を調べ続けました。

志半ばの死と、現代に受け継がれる情熱

しかし、運命の女神は残酷でした。あと少しで研究の結論が出るというその矢先、英世自身が蚊に刺され、黄熱病を発症してしまったのです。

激しい高熱と激痛に襲われ、ベッドの上で意識が遠のく中でも、英世の頭の中は研究のことでいっぱいでした。 「私の病気は黄熱病なのか…?」「実験の結果はどうなった…?」

そう問いかけ続けながら、1928年5月21日、野口英世はアフリカの地で51歳の短い生涯を閉じました。

実は、現代の医学によって、黄熱病の真の原因は細菌(バクテリア)ではなく、それよりもはるかに微小な「ウイルス」だったことが判明しています。 たとえるなら、細菌が「サッカーボール」の大きさだとすると、ウイルスは「米粒やゴマ粒」よりもずっと小さなサイズ!当時の光学顕微鏡ではどんなに拡大してもウイルスを見ることは不可能だったため、英世の発見した黄熱病の病原体説には間違いが含まれていました。

しかし、自分の命が失われる危険を顧みず、遠い異国の地で苦しむ人々のためにすべてを捧げた野口英世の勇気と情熱は、決して色あせることはありませんでした。彼の残した詳細な研究データや失敗の記録があったからこそ、後の科学者たちはウイルスという真の原因にたどり着くことができたのです。

現在でもガーナのアクラには、日本の支援によって設立された「野口記念医学研究所」が堂々と建ち、アフリカ全土の感染症と戦う最前線の砦として、多くの人々の命を守り続けています。

Q. 野口英世の研究は無駄になってしまったの?
A. 決して無駄ではありません!黄熱病の原因がウイルスだと分かったのも、英世のように「命がけで挑んだ科学者たちの膨大な記録」があったからです。何より「誰かのために命を燃やす」という彼の崇高な魂は、今も世界中の医師たちを勇気づけています。
はると
はると
自分の命が危ないって分かっていても、病気で苦しむ人を助けるためにアフリカへ行くなんて、本物のヒーローだな!胸が熱くなるぜ!
ひまり
ひまり
ええ。チョコレートで有名なあの西アフリカのガーナよ。結果がどうあれ、誰かの命を救うために全力で立ち向かった野口英世の生き方は、看護師を目指す私にとっても永遠の憧れよ。ガーナに今も研究所が残っているのも素晴らしいわね。
ガーナにある野口記念医学研究所
▲ ガーナのアクラにある野口記念医学研究所(出典: Wikimedia Commons)

まとめ

📝 今日のまとめノート
1 幼い頃の大やけどを乗り越え、手術を受けた感動から「人を救う医者」を志した!
2 アメリカへ渡り、顕微鏡を相棒に猛烈な努力で世界的な細菌学者になった!
3 黄熱病の研究のためアフリカへ向かい、命がけで世界の人々を救おうとした!
🖍️ ✏️
はると
はると
お札の顔になるくらいすごい人なのに、めちゃくちゃ努力の人だったんだな。俺も苦手な勉強から逃げないで、サッカーも勉強も最後まで諦めずにやりきるぜ!
ひまり
ひまり
ふふ、その意気よ、はると!どんな困難があっても前を向き続けた野口英世のように、私たちも夢に向かって一歩ずつ進んでいきましょうね!
\楽天ポイント4倍セール!/
楽天市場
\商品券4%還元!/
Yahooショッピング
タイトルとURLをコピーしました