はじめに
みんなは、「豊臣秀吉」というお殿様の名前を聞いたことがあるかな?農民から天下人(日本で一番えらい人)にまでなった、戦国時代のスーパーヒーローのような人だね!でも、秀吉が天下を取れたのは、ある一人の「強力なサポーター」がいたからなんだ。
その人の名前は、「豊臣秀長」。秀吉の弟だよ!今日は、お兄ちゃんを一生懸命支え続けた、スーパー弟の秀長について分かりやすく説明していくよ。

はると
へー、豊臣秀吉に弟がいたなんて知らなかったぜ!歴史の授業でもあんまり出てこないよな?

ひまり
私も初めて聞いたわ。天下人の弟って、一体どんな人だったのかしら?一緒に勉強してみましょう!
豊臣秀長ってどんな人?
豊臣秀長は、秀吉の3歳下の弟だよ。秀吉と同じように、もともとは身分が低い農民の出身だったんだ。お兄ちゃんの秀吉が武士としてどんどん出世していくと、秀長も呼ばれて、一緒に戦うようになったよ。
秀吉はとても頭の回転が速くて、アイデアマンだったけど、少しせっかちでワンマンなところもあったみたい。それに比べて秀長は、とても穏やかで、真面目で、周りの人の意見をしっかり聞くタイプだったんだ。
だから、お兄ちゃんが「これをやるぞ!」と決めた大きな目標に向かって、秀長が「じゃあ、みんなで協力してこうやって進めましょう」と、実際に計画を立てて準備をする、という最強のコンビだったんだよ!

はると
なるほど!サッカーで言えば、お兄ちゃんが点を取るフォワードで、秀長はパスを回してチームをまとめるミッドフィルダーみたいな感じだな!

ひまり
さすがはると、すぐスポーツに結びつけるんだから。でも確かにそうかも。お互いの得意なことで助け合っていたのね。
秀長のスゴいところ
秀長の本当にスゴいところは、「周りの人たちからめちゃくちゃ信頼されていた」ことなんだ。
当時の武将たちは、プライドが高くて、すぐにケンカをしてしまうことも多かったんだよ。でも、秀長はとても優しくて公平な人だったから、大名と呼ばれるえらいお殿様たちも、「秀長さんの言うことなら聞こう」「秀長さんに相談してみよう」と、みんなが頼りにしていたんだ。
もし、秀吉が無理なお願いや厳しい命令を出したとしても、秀長が「まあまあ、お兄ちゃんもああ言っていますが、こういう風にやりませんか?」と間に入って、みんなが納得できるように上手くまとめていたと言われているよ。まさに、チームを一つにまとめる「最高の調整役」だったんだね。
それに、戦だけでなく、大和国(今の奈良県)などの大きくて豊かな国を立派に治めて、100万石というすごいレベルの大名にもなったんだ!
もし秀長が長生きしていたら…?
秀長は、お兄ちゃんの秀吉が天下を統一した少し後に、51歳で病気で亡くなってしまったんだ。
秀長が亡くなった後、秀吉は少しずつワガママになったり、周りの意見を聞かなくなってしまったりしたと言われているよ。もし秀長がもっと長生きして、ずっと秀吉のそばでアドバイスを続けていたら、その後の日本の歴史はもっと平和で、全く違うものになっていたかもしれないね。
目立つリーダーも大切だけど、チームを支えてみんなをまとめる「縁の下の力持ち」がどれだけ大切か、秀長の人生から学ぶことができるね!

はると
目立たなくても、みんなをまとめる秀長って本当にかっこいいな!よーし、俺もチームを支えられるような選手を目指すぞ!

ひまり
ふふっ、その意気よ!まずはチームワークの第一歩として、今日の宿題を一緒に終わらせちゃいましょう!
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