小学生でもわかる!「平清盛(たいらのきよもり)」

平清盛

はじめに

歴史の教科書で「武士」や「侍」と聞くと、刀を差したかっこいいリーダーを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

でも実は、平安時代の武士は、きらびやかな着物を着た貴族たちから「ガードマン(用心棒)」や「お世話係」のように見下されていました。

そんな身分の低かった武士の中から、初めて日本の政治のトップ(太政大臣=今でいう内閣総理大臣)に上り詰めたスーパーヒーローがいます。それが平清盛です!

「どうやってガードマンから国のリーダーになったの?」 「海の上に浮かぶ厳島神社を作ったって本当?」

実は、私たちが普段お小遣いでジュースやお菓子を買える「お金でお買い物する仕組み」を日本中に広めたのも、この平清盛なんです!

この記事を読めば、教科書には載っていない平清盛のスゴいひみつや、日本が「貴族の国」から「武士の国」へとガラリと変わった瞬間がバッチリわかりますよ!

はると
はると
武士って最初から威張ってたわけじゃなかったのか!ガードマンから国のトップになるなんて、まるで大逆転のジャイアントキリングだな!
ひまり
ひまり
ふふ、そうなのよ。平清盛は腕っぷしが強かっただけじゃなくて、頭の回転もすごく速かったの。一緒にその秘密を見ていきましょう!

平清盛ってどんな人?用心棒から国のトップへ!

貴族のお世話係からスタートした武士たち

平清盛が生きていたのは、今から約850年前の平安時代の終わり頃です。

当時の日本は、藤原氏などの「貴族」が政治を動かしていました。貴族たちは和歌を詠んだり美しい着物を着たりして優雅に暮らしていましたが、自分たちで戦うことはできませんでした。そこで、屋敷や土地を守るために雇ったのが「武士」だったのです。

武士は力持ちで戦いが強かったものの、貴族たちからは「身分が低い者」として扱われ、政治に参加することなんて夢のまた夢でした。

武士のイメージをガラリと変えた男!

そんな時代に生まれた平清盛は、瀬戸内海の海賊退治などでどんどん武士としての実力をつけ、平氏という巨大な武士グループのリーダーになりました。

そして、貴族たちの言いなりになるのをやめて、「武士だって国を動かせる!」と行動を起こしたのです。

貴族たちの政治(平安時代)
歌や儀式が得意な一握りの貴族が支配
武士を「用心棒やガードマン」として見下していた
土地からの税金(お米)だけに頼った古い仕組み
平清盛の政治(武士の時代へ)
実力と腕っぷしを持つ武士が政治の表舞台へ!
武士として初めて「太政大臣」になり国をリード
外国との貿易でお金(宋銭)を広める大改革!
はると
はると
なるほど!今までずっとベンチを温めていた控え選手が、実力でキャプテンになって試合の流れをガラリと変えちゃったような感じだな!
ひまり
ひまり
いい例えね、はると!清盛はただ戦うだけじゃなくて、世の中の仕組みそのものを新しく作り変えようとしたのよ。
平清盛の肖像画

どうやってトップに立ったの?清盛の出世ストーリー

ふたつの大乱を勝ち抜いてライバルを撃破!

清盛はどうやって身分の壁を突き破ったのでしょうか?きっかけは、朝廷(天皇や貴族の政府)の内部で起きた激しい権力争いでした。

それが「保元の乱」と「平治の乱」というふたつの大きな戦いです。

貴族たちは自分たちの争いに勝つため、武士のパワーを頼りにしました。この戦いで清盛は、最大のライバルだった源氏(=源義朝たち)との激突に見事勝利します。

貴族たちは「武士の力がなければ自分たちは身を守れない」と痛感し、勝利を収めた清盛は朝廷の中で圧倒的な発言力を持つようになりました。

ついに武士初の「太政大臣」へ!

戦いに勝ち続けた清盛は、朝廷の位(ランク)をものすごいスピードで駆け上がっていきます。

そして1167年、清盛はついに「太政大臣」という、当時の日本で一番偉い最高ポストに就任しました。これは現代でいえば「内閣総理大臣」にあたる役職です。

貴族のガードマンに過ぎなかった武士が、ついに国の頂点に立った歴史的瞬間でした。

STEP 1 海賊退治で平氏のリーダーへ!
瀬戸内海の海賊を次々と退治して海の航路を安全にし、天皇や貴族から「頼れる武士」として絶大な信頼を獲得!
STEP 2 保元の乱と平治の乱で大勝利!
都で起きた大きな戦いでライバルの源氏を破り、「日本最強の武士」としての地位を確立!
STEP 3 武士として初めて太政大臣に就任!
武士として前代未聞の最高位に登りつめ、国の政治を思い通りに動かせる最高リーダーに!
はると
はると
ゲームで初期装備のキャラクターが、強敵を倒しながらどんどんレベルを上げて最高ランクの勇者になったみたいですげー!
ひまり
ひまり
ふふ、まさに実力で勝ち取ったサクセスストーリーね。でも清盛の本当にすごいところは、トップに立った後のアイデアにあったのよ。
平清盛の年表

ここがスゴイ!平清盛が起こした「ふたつの大革命」

清盛はただ偉くなっただけではありません。当時の人たちが思いもよらなかった驚きのプロジェクトを次々と成功させました。特に有名なのが「ふたつの大革命」です。

外国とのビジネス「日宋貿易」とお金の大革命!

当時の日本は、物を買うときに「お米や布」で物々交換をするのが普通でした。しかし、お米を持ち歩くのは重いし、腐ってしまうこともありますよね。もし今、ゲームソフトや文房具を買うのに、何袋ものお米を背負ってお店のレジに並ばなければならなかったら……考えただけでも大変です!

そこで清盛は、海の向こうの中国(当時の「宋」という国)に目をつけました。

清盛は現在の兵庫県神戸市にある大輪田泊(=現在の神戸港)という港を大きく整備し、中国の巨大な貿易船を迎え入れました。これを「日宋貿易」と呼びます。

宋から輸入したもののなかで、特に日本を大きく変えたのが「宋銭」という銅のお金です。

清盛は「これからは重いお米ではなく、軽くて便利なコインで買い物をしよう!」とお金を日本中に広めました。今私たちが小遣いやお札を使って自由に買い物ができるのは、清盛が作った経済の仕組みがスタートだったのです!

海に浮かぶ世界遺産!「厳島神社」の大プロデュース

広島県の宮島にある厳島神社を見たことがありますか?

潮が満ちると、まるで美しい社殿や大きな鳥居が海の上にぷかぷかと浮いているように見える、世界的に有名な世界遺産です。

実は、あの美しい神社を現在のような海上の姿に造り直した大プロデューサーこそが平清盛です!

清盛は瀬戸内海の船旅を守ってくれる海の神様を深く信仰し、平氏一族の繁栄を祈って海の上に社殿を建てました。潮の満ち引きという自然のパワーまで計算に入れた建築デザインは、当時の最先端技術の結晶でした。

現代でいうと「国際ハブ空港の整備と世界的大型テーマパーク作り」!
清盛がやったことは、外国の巨大な飛行機がたくさんやってくる最新の国際空港を整備し、さらに海の上に世界中から観光客が集まる夢のようなテーマパークを建てたようなものです。時代を先取りした天才プロデューサーだったのです!
はると
はると
船を呼ぶために港を作って、海外のお金まで持ち込んじゃうなんて、清盛ってめちゃくちゃ商売上手だったんだな!
ひまり
ひまり
そうね!それに、理科で勉強する「海の満ち引き」を800年以上前にお寺や神社の建築に応用しちゃうなんて、本当に大天才だわ。
海の上に浮かぶ世界遺産・厳島神社の大鳥居
▲ 海の上に浮かぶ世界遺産・厳島神社の大鳥居(出典: Wikimedia Commons)

なぜ平家は急速に滅びてしまったの?

これほどの大天才だった平清盛ですが、平氏の栄光は長くは続きませんでした。清盛が亡くなったあと、わずか4年で平氏は壇ノ浦の戦いで滅亡してしまいます。一体なぜだったのでしょうか?

チームを独占しすぎて「敵」を作りすぎた!

最大の原因は、「権力の独占」でした。

清盛は自分の娘を天皇のお后にして、生まれた男の子を次の天皇(安徳天皇)に即位させました。さらに、朝廷の重要な役職を平氏の身内だけで独占してしまったのです。

当時の様子は「平家にあらずんば人にあらず(平家の一族でないなら人間ではない)」と言われるほどでした。

サッカーに例えるなら、「試合に出るレギュラーも、ベンチも、監督も全部ひとつの家族だけで独占して、他の選手には絶対にパスを回さない」という状態です。

これでは、仲間外れにされた他の武士や貴族たちが「ずるい!自分勝手すぎる!」と怒るのは当然ですよね。

Q. 清盛はただのいばった悪者だったの?
A. 実は部下に優しくユーモアあふれるリーダーだったと言われています!若い武士が失敗しても笑って許したり、冗談を言って周りを和ませるのが得意でした。ただ、家族を守ろうとする気持ちが強すぎて、結果的に周りを敵だらけにしてしまったのです。

清盛が熱病で亡くなると、不満をためていた全国の武士たちが一斉に立ち上がりました。そのリーダーとなったのが、かつて清盛が命を助けた源頼朝と、戦いの天才である弟の源義経だったのです。

はると
はると
どんなに実力があっても、パスを出さずに自分たちだけでボールを独占しちゃダメなんだな……。サッカーのチームワークと同じだ!
ひまり
ひまり
ええ、周りへの思いやりを忘れてはいけないという歴史の教訓ね。でも、清盛が切り開いた「武士が国を動かす時代」は、次の鎌倉幕府へと受け継がれていったのよ。
平家滅亡の舞台となった壇ノ浦の戦いを描いた合戦図
▲ 平家滅亡の舞台となった壇ノ浦の戦いを描いた合戦図(出典: Wikimedia Commons)

まとめ

📝 今日のまとめノート
1 武士初のトップ!: ガードマン扱いだった武士から、初めて国の最高権力者「太政大臣」になった!
2 経済と文化の大改革: 大輪田泊(神戸港)を開いて「日宋貿易」を行い、宋銭(お金)を日本中に広めた!
3 世界遺産の厳島神社: 満潮になると海に浮かぶ美しい社殿をプロデュースした!
4 権力の独占が落とし穴に: 身内ばかりを優遇して敵を増やしてしまったけれど、日本の歴史を「武士の時代」へと大きく進めた!
🖍️ ✏️
はると
はると
平清盛って、ただ昔の教科書に出てくる偉人じゃなくて、お金の仕組みや港を作ったすごいアイデアマンだったんだな!今日の社会の授業でみんなに教えてやるぞ!
ひまり
ひまり
ふふ、はるとが歴史に興味を持ってくれて嬉しいわ!でも、自慢する前に今日の漢字ドリルを終わらせるのを忘れないでね?
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