はじめに
部屋のスイッチをパッと押すと明かりがつく電球、スマートフォンや音楽プレイヤーでいつでも好きな曲が聴けること、そして映画館やテレビで楽しむ動く映像。
もし夜に部屋の明かりがつかなかったら? ゲームも動画も見られない真っ暗な世界……想像できるかな?
これらは今の私たちの生活では当たり前のことばかりですよね。でも、今から約150年前の世界には、これらはひとつもありませんでした。
夜になれば部屋は真っ暗になり、ろうそくやガスの炎で手元を照らすしかありませんでした。音楽を聴くためには、演奏している人の目の前に行くしかなく、動く映像なんて想像もできない時代だったのです。
そんな不便だった世界をガラリと変えて、現代の便利な暮らしのきっかけを作った大天才が、アメリカの発明家「トーマス・エジソン」です。
エジソンは生涯で1000個以上もの発明を生み出し、「世界の発明王」と呼ばれています。
しかし、エジソンは生まれつき何でもできる特別な天才だったわけではありません。むしろ子どものころは学校の勉強についていけず、先生から困った子だと言われてしまうほどでした。
そんな彼が、なぜ世界を変えるような大発明を次々と生み出すことができたのでしょうか?その秘密を、一緒に見ていきましょう!
部屋の電気も音楽も映画も、エジソンがきっかけだったのか!もしエジソンがいなかったら、夜にゲームをしたりアニメを観たりすることもできなかったのかな?
そうね!夜でも明かるい部屋で本が読めるのも、エジソンのおかげなのよ。でも、エジソンって子どものころは学校を3か月で辞めちゃったんですって。一体どんな男の子だったのかしら?
「なぜ?どうして?」が止まらない!ふしぎな少年時代
1847年、アメリカのオハイオ州という場所で生まれたトーマス・エジソン(子どものころのあだ名は「アル」)。少年時代のエジソンは、とにかく好奇心の塊でした。
身の回りにあるすべてのものに対して「どうして?」「なんでそうなるの?」と疑問を持ち、大人たちを質問攻めにして困らせてばかりいたのです。
エジソンの少年時代には、驚くようなエピソードがたくさんあります。
たとえば、ガチョウが卵をじっと温めてヒナをかえしているのを見たときのことです。「鳥にできるなら、人間である僕にだってできるはずだ!」と考えたエジソンは、納屋のワラの上に卵を並べて、自分のお尻で何時間もじっと温め続けました。もちろん卵はかえらず、割れた卵でズボンをドロドロにして怒られてしまいました。
また、物が燃える仕組みを自分の目で確かめたくて、お父さんの納屋で火をつけてしまい、納屋を丸ごと燃やしてしまう大事件を起こしたこともありました。
小学校に入っても、エジソンの好奇心はおさまりません。「1たす1は2だよ」と教えられても、「コップの水をふたつ合わせたら、ひとつの大きな水になるじゃないですか。どうして2なんですか?」と先生に食い下がりました。
当時の学校は、先生の言うことを静かに聞いて丸暗記するのが当たり前でした。そのため先生はエジソンを手におえない問題児と決めつけ、なんと入学してたった3か月で学校をやめさせられてしまったのです。
そんなエジソンを深く理解し、温かく支えたのがお母さんのナンシーでした。
ナンシーは元学校の先生でした。学校から問題児扱いされたエジソンを叱るどころか、「この子の豊かな知りたがる心を、私が全力で伸ばしてあげよう」と決意したのです。
ナンシーは自宅でエジソンに勉強を教えました。教科書を押しつけるのではなく、エジソンが興味を持った本を一緒に読み、疑問をとことん調べさせました。
さらに、エジソンが理科の実験に夢中になると、自宅の地下室を専用の実験室としてプレゼントしたのです。エジソンはお小遣いで薬品や実験道具を買い集め、並べたビンに危険を示す「毒」のラベルを貼って、朝から晩まで実験に没頭しました。
まわりの大人に否定されても、お母さんが自分の好奇心を信じて見守ってくれたこと。これこそが、のちの大発明家エジソンを生み出す一番の原動力になったのです。
Q. 学校をやめたのに、どうやって勉強したの?
A. 元先生だったお母さんが自宅で先生役になってくれました。教科書を丸暗記させるのではなく、エジソンが「知りたい!」と思った実験や読書をとことん応援してくれたのです。
ガチョウの卵を自分で温めたり、納屋を燃やしちゃったりって、やることがすごすぎるな!でも、1たす1で「水滴を合わせたらひとつになる」って考えるのは、なんだか面白い発想だよな。
ふふ、先生は困っちゃったかもしれないけれど、物事を自分の頭で考える力があったのね。何より、その好奇心を信じて応援してくれたお母さんの愛情がとっても素敵だわ。
▲ 少年時代のトーマス・エジソン(出典: Wikimedia Commons)
発明王の真骨頂!世界を変えた「三大発明」
大人になったエジソンは、アメリカのニュージャージー州メンロパークという場所に広大な研究所を作りました。ここは「発明工場」と呼ばれ、優秀な技術者や科学者たちがチームを組んで、世の中を便利にする研究を毎日進めました。
生涯で1000個以上もの特許を取得したエジソンですが、その中でも世界中の人々の生活を根底から変えたのが「エジソンの三大発明」です。
蓄音機:音を記録していつでも再生できるマシン
世界で初めて、人間の声や楽器の音を記録し、いつでも再生できるようにした大発明です。
エジソンは、針の振動を利用して金属のシートに音の波を溝として彫り込み、その溝を別の針でなぞることで音を再現する仕組みを考え出しました。
最初に録音されたのは、エジソン自身が歌った童謡「メリーさんのひつじ」でした。機械から自分の声がはっきりと流れた瞬間、助手をしていた仲間たちも腰を抜かすほど驚いたと言われています。
この発明によって、世界中で音楽をレコードやCDで楽しむ文化が生まれ、今のスマートフォンでの音楽配信へと発展していきました。
白熱電球:京都の竹で夜を昼のように明かるくした!
電気で明かりを灯す仕組み自体は、エジソンの前からも研究されていました。しかし、当時の電球は数分から数十分ですぐに燃え尽きてしまい、実用的なものではありませんでした。
エジソンは「何日も光り続ける電球」を作るため、電気を流して発光させる芯(フィラメント)の材料を世界中から集めました。
木綿の糸、紙、馬の毛、人のヒゲ、クモの巣まで、試した材料はなんと6000種類以上!
その中で運命の出会いとなったのが、研究室の机の上にあった日本の竹の扇子でした。竹を炭にして試してみると、驚くほど長い時間光り続けたのです。
エジソンはすぐに日本へ助手を派遣し、世界で一番丈夫な竹を探させました。そして選ばれたのが「日本の京都(八幡市)の竹」でした。
京都の竹を使ったエジソンの電球は、なんと1000時間以上も輝き続け、世界中の家庭や街並みに明かるい夜を届けました。
キネトスコープ:動く映像!映画のスタート地点
動く写真を箱の中でのぞき込んで楽しむ、映画の原型となった発明です。
少しずつ動きの違う写真を連続して撮影したフィルムを高速で回転させ、小さなのぞき穴からのぞくと、写真がまるで生きているかのように滑らかに動いて見えました。
これが世界中の映画館やアニメーション、テレビ、そしてYouTubeなどの動画文化のすべての始まりとなりました。
STEP 1
世界中から6000種類以上の材料を集めて大実験!
木綿の糸や紙だけでなく、助手のヒゲやクモの巣まで、手に入るあらゆる素材を炭にして電球にセットし、どれが一番長持ちするかを調べ上げました。
STEP 2
研究室にあった「日本の竹の扇子」に大注目!
ある日、机の上にあった竹製の扇子をちぎって実験してみたところ、それまでの材料とは比べものにならないほど長く光り続けることを発見しました。
STEP 3
京都の八幡の竹で1000時間以上の点灯に成功!
世界最高の竹を探すために日本へ助手を派遣し、京都の八幡にある竹が最も強い繊維を持つことを突き止めました。この竹によって実用的な白熱電球が完成したのです!
京都の竹がエジソンの電球に使われていたなんて知らなかったな!それにしても、6000種類も実験するなんて気が遠くなるよな。俺ならサッカーのシュート練習でも10回外したら泣きそうになるぞ。
人のヒゲやクモの巣まで試すなんて、思いついた可能性を全部確かめる粘り強さがすごかったのね。京都の竹が世界中を明かるく照らしたなんて、日本の私たちにとっても誇らしいわね。
「失敗じゃない、1万通りの発見をしたんだ」
エジソンが残した言葉の中で、今でも世界中で大切にされている有名な名言があります。
「天才とは、1パーセントのひらめきと、99パーセントの努力である」
どんなに素晴らしいアイデアがあっても、それを形にするための圧倒的な努力と粘り強さがなければ成功はつかめない、という意味です。
そしてもうひとつ、エジソンの強靭な前向きさを物語る有名なエピソードがあります。
充電して何度も使える蓄電池(バッテリー)を開発していたときのことです。エジソンと助手たちは、来る日も来る日も実験をくり返しましたが、どうしても成功しませんでした。
実験の回数がついに1万回を超えたとき、疲れ果てた助手がため息をつきながら言いました。 「エジソンさん、もう1万回も失敗してしまいました。これ以上続けても無駄です。あきらめましょう」
すると、エジソンは笑顔でこう答えたのです。 「失敗だって?とんでもない!私たちは、うまくいかない方法を1万通りも見つけ出したんだよ。成功に1万歩近づいたということじゃないか!」
普通の人なら、1万回もうまくいかなければ「自分には才能がない」「時間の無駄だった」と絶望してやめてしまうでしょう。
しかしエジソンにとって、実験がうまくいかないことは決して失敗ではありませんでした。「この方法ではうまくいかない」という貴重なデータを手に入れたことであり、うまくいかない方法をひとつずつ消していけば、最後に残るのは「成功する方法」だけだと知っていたのです。
あきらめずに挑戦を続ける限り、失敗は失敗ではなく「成功へのステップ」になります。この前向きな考え方こそが、エジソンが世界一の発明王になれた一番の秘密なのです。
普通の人の考え方
うまくいかないと「
自分には
才能がない」と
落ち
込んでしまう
失敗すると「これまでの
努力が
無駄になった」とあきらめる
恥をかいたり
怒られたりするのが
怖くて、
新しい
挑戦をしなくなる
うまくいかないのは「だめな
方法が1つわかった」という
大発見!
失敗した
数だけ、
確実に
成功のゴールへと
一歩ずつ
近づいている!
成功するまで
実験をやめないから、
絶対に
失敗で
終わらない!
「うまくいかない方法を1万通り見つけた」って考え方、めちゃくちゃかっこいいな!俺もサッカーのPKでシュートを外したとき、「この蹴り方だとポストに当たるって分かったぞ!」って前を向くようにするぞ!
ふふ、その意気よ、はると!原因がわかれば次は違う工夫ができるものね。エジソンのあきらめない心は、勉強でもスポーツでも、壁にぶつかったときに大きな勇気をくれるわね。
▲ トーマス・エジソンの肖像写真(出典: Wikimedia Commons)
まとめ
📝 今日のまとめノート
1
エジソンは子どものころから「なぜ?」をとことん探究し、お母さんの温かい応援で才能を開花させた!
2
蓄音機・白熱電球・キネトスコープなど、現代の音楽・明かり・映像につながる大発明を次々に生み出した!
3
「失敗はうまくいかない方法を発見したこと」と考え、あきらめずに挑戦し続けることが大成功の秘訣!
🖍️ ✏️
電球も音楽も映画も、エジソンがあきらめずに粘り強く実験を続けたからこそ生まれたんだな。俺も宿題で解けない問題があっても、すぐ投げ出さないでいろんなやり方を試してみるぞ!
ふふ、素晴らしい心がけね、はると!……って、その前に今日の宿題、まだ手をつけてないんじゃない?何かに挑戦して思い通りにいかないときこそ、エジソンの言葉を思い出して、一歩ずつ前に進んでいきましょうね。
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