小学生でもわかる!「世界恐慌(せかいきょうこう)」

小学生でもわかる!世界恐慌

はじめに

歴史の教科書やニュースなどで、「世界恐慌」という言葉を聞いたことはありますか?

「恐慌」という漢字を見ると、何だかとても恐ろしくて大慌てしているような感じがしますよね。実はこの言葉、いまから約100年前に「世界中のお金と仕事が一瞬で消えてしまい、地球全体が大パニックになった大事件」のことを指しています。

いつもはお店に物が並び、大人は仕事をして給料をもらい、みんなが平和に暮らしています。しかし、ある日を境に会社や銀行がバタバタと倒れ、たくさんの人が仕事を失ってご飯も食べられなくなってしまったのです。

はると
はると

世界中のお金と仕事が一気に消えちゃうなんて、そんな恐ろしいパニックが本当にあったのかよ!?漫画や映画の話じゃないんだな…!

ひまり
ひまり

そうなの、はると。1929年に実際に起きた大事件なのよ。この世界恐慌をきっかけに、世界中の暮らしや歴史が大きく変わることになったの。

どうしてそんな大パニックが起きてしまったのでしょうか?そして、世界や日本はどうやってこの危機を乗り越えようとしたのでしょうか?小学生のみなさんにもわかりやすく、その秘密を順番に見ていきましょう!

世界恐慌ってどんな事件?

世界恐慌とは、1929年10月にアメリカで始まった「世界最大の大不況」です。

不況とは、世の中のお金の回りがものすごく悪くなって、みんなの生活が苦しくなる状態のことです。

きっかけは、アメリカのニューヨークにある「ウォール街」という金融の街でした。1929年10月24日の木曜日、株式市場で取り引きされていた「会社の株」の値段が一気に大暴落したのです。この日は歴史上、「暗黒の木曜日」と呼ばれています。

株の値段が大暴落すると、株を持っていたたくさんの人や会社が一瞬でお金を失ってしまいました。それだけでなく、会社にお金を貸していた銀行も次々に潰れてしまい、街中が大パニックに陥ったのです。

さらに恐ろしいことに、このパニックはアメリカ国内だけにとどまりませんでした。アメリカとつながりのあったヨーロッパやアジアなど、海を越えて世界中の国々へと広がっていったのです。

🚗 たとえて言うと…?
ドミノ倒しのように広がった大パニック
世界恐慌は、まさに「ドミノ倒し」のようなものでした。
1枚目のアメリカという巨大なドミノがパタッと倒れると、お隣のヨーロッパのドミノが倒れ、さらに日本や世界中のドミノが次々と倒れていきました。世界中が貿易やお薬、お金のやり取りで繋がっていたからこそ、1つの国のショックが地球全体を巻き込む大パニックになってしまったのです。
はると
はると

アメリカの株が下がっただけで、なんで海を越えて他の国までドミノ倒しになっちゃうんだ?世界中が繋がってるってすごいけど怖いな!

ひまり
ひまり

当時のアメリカは世界で一番お金持ちの国で、いろんな国にお金を貸したりモノを買ったりしていたの。だから、そのアメリカが倒れたら周りの国もひとたまりもなかったのね。

1929年に起きた世界恐慌のパニックと混乱
1929年に起きた世界恐慌のパニックと混乱

なぜ起きたの?好景気から大暴落までの3つのステップ

では、なぜ世界で一番お金持ちだったアメリカで、突然そんな大暴落が起きてしまったのでしょうか?

実は世界恐慌が起きる前、アメリカは「狂乱の20年代」と呼ばれるほど、歴史上もっとも景気が良くてみんながお金持ちになった時代を過ごしていました。車や冷蔵庫、ラジオなどが飛ぶように売れ、誰もが「アメリカの好景気はずっと続く!」とお祭り騒ぎをしていたのです。

しかし、その裏側で少しずつ大きな落とし穴が広がっていました。大暴落への流れを3つのステップで見てみましょう。

STEP 1 モノを作りすぎて売れ残ってしまう
工場で車や家電をどんどん作りましたが、国民全員に行き渡ると、モノがだんだん売れなくなって倉庫に山積みになりました。これを「生産過剰」と言います。
STEP 2 借金してまで株を買いまくる
好景気の中で「株を買えば誰でも大金持ちになれる!」とみんなが信じ込み、銀行から借金をしてまで株を買い続けました。その結果、会社の本当の実力以上に株の値段が釣り上がってしまったのです。
STEP 3 風船が弾けるように大暴落!
「モノが売れていないのに、株の値段だけ高すぎるぞ!」とみんなが気づいた瞬間、みんなが一斉に株を売り払おうとしました。買い手がいなくなり、株の値段は坂道を転がり落ちるように一気に大暴落してしまいました。

このように、実力以上に膨らみすぎた「バブル」がパチンと弾けてしまったことが、世界恐慌の大きな原因だったのです。

作りすぎとバブルの崩壊による大暴落の仕組み
作りすぎとバブルの崩壊による大暴落の仕組み

世界はどうやって乗り越えようとしたの?各国の対策

大恐慌によって、世界中で数え切れないほどの工場が閉り、たくさんの大人が仕事を失いました。街には職を求めて並ぶ人々の大行列ができ、ご飯を食べることも難しい深刻な状態になったのです。

この大ピンチを乗り越えるため、世界の国々はそれぞれまったく違う作戦を実行しました。

アメリカの作戦:ニューディール政策

アメリカのルーズベルト大統領は、「ニューディール政策」という思い切った作戦を行いました。

それまでは「景気は放っておけば自然に良くなる」と考えられていましたが、国がお金をたくさん出して大きなダムや道路、橋を作る工事を始めました。国が自ら仕事を作り出すことで、失業者に給料を渡し、もう一度みんながお買い物できるように助けたのです。

イギリス・フランスの作戦:ブロック経済

イギリスやフランスなど、世界中にたくさんの植民地を持っていた国々は、「ブロック経済」という作戦を取りました。

自分たちのグループの中だけで仲良く貿易をして、グループの外にある国からのモノには高い関税をかけて締め出しました。自分のグループだけを守る「壁」を作ったのです。

チームA ニューディール政策(アメリカ)
・国がダムや道路を作って失業者に仕事を与えた!
・国が積極的に経済を助ける新しい仕組みを作った!
チームB ブロック経済(イギリス・フランス)
・自分の仲間や植民地だけでグループを作った!
・他の国からのモノを締め出して自分たちだけを守った!
はると
はると

アメリカは国がダムを作って仕事を作ったのか!頭いいぜ!でもイギリスたちのブロック経済は、仲間はずれにされた国が怒りそうだな…。

ひまり
ひまり

鋭いわね、はると!まさにその通りで、植民地を持たない国々はブロック経済によって追い詰められ、世界に大きな亀裂が生まれてしまったのよ。

ニューディール政策によるダム建設と働く人々
ニューディール政策によるダム建設と働く人々

日本への影響と第二次世界大戦へのつながり

世界恐慌の嵐は、もちろん日本にも激しく吹き荒れました。

当時の日本は、アメリカに「生糸」をたくさん売ってお金を稼いでいました。しかし、アメリカが大不況になったことで生糸がまったく売れなくなってしまったのです。

さらに、お米や農作物の値段も大暴落し、日本の農村や町工場は大変な貧しさに苦しむことになりました。この日本の大不況を「昭和恐慌」と呼びます。

仲間外れにされた国々の暴走

そして、世界恐慌はさらに恐ろしい事態を引き起こします。

イギリスやフランスのように広い植民地を持っていなかったドイツ、イタリア、そして日本は、ブロック経済によって世界から締め出され、貿易ができなくなって大ピンチに陥りました。

困り果てたこれらの国では、「周りの国が仲間に入れてくれないなら、自ぶんたちの軍隊を使って力づくで土地や資源を奪うしかない!」と考える軍隊やリーダーが強い力を持つようになってしまったのです。

Q なんで世界恐慌が戦争につながってしまったの?
A 自国だけを守ろうとする「ブロック経済」によって世界が分断され、追いつめられた国々が武力で領土を広げようとした結果、人類史上最大の戦争である「第2次世界大戦」へと発展してしまったのです。

こうして世界恐慌は、単なる「お金の事件」にとどまらず、世界全体を巻き込む大きな戦争への引き金となってしまいました。

歴史を乗り越え世界が助け合い手を取り合う未来
歴史を乗り越え世界が助け合い手を取り合う未来

まとめ

今回は、世界中を大混乱に巻き込んだ歴史的な大事件「世界恐慌」について学びました。

世界恐慌は、お金や経済の仕組だけでなく、世界の国々がどう付き合うべきかという大きな教訓を私たちに残してくれました。

📝 世界恐慌マスターのまとめノート!
1. 1929年10月、アメリカ・ニューヨークの株価大暴落から世界恐慌が始まった!
2. モノの作りすぎと過度なバブルが弾け、ドミノ倒しのように世界中へパニックが広がった!
3. アメリカは「ニューディール政策」、英仏は「ブロック経済」で乗り切ろうとした!
4. 追いつめられた国々の対立が深まり、やがて「第二次世界大戦」へと繋がってしまった!
5. 1つの国だけ助かろうとするのではなく、世界中が協力してお金を回し助け合うことが大切!
🖍️ ✏️
はると
はると

お金のことだけじゃなくて、世界中の国が仲よく協力することがどれだけ大切かよく分かったぜ!困った時こそ自分だけじゃなくてみんなで助け合わないとな!

ひまり
ひまり

その通りね、はると!過去の失敗から学んだからこそ、今の世界ではみんなで助け合うルールがたくさん作られているのよ。歴史を知るって本とうに大切ね!

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