小学生でもわかる!「日本のお金の歴史(にほんのおかねのれきし)」

日本のお金の歴史

はじめに

お小遣いをもらって駄菓子屋さんに行ったり、コンビニでおやつを買ったり、ゲームや本を買ったりするときに使う「お金」。

100円玉や1000円札をお店の人に渡せば、欲しいお菓子やノートがすぐに手に入りますよね。普段あたりまえのように使っているお金ですが、ふとこんな疑問を持ったことはありませんか?

「もし、この世界にお金がなかったら、どうやって買い物するんだろう?」 「日本で一番最初のお金って、いつ誰が作ったのかな?」

実は大昔の日本には、お金がまったく存在しない時代がありました!さらに時代が進むと、魚や布、なんと毎日食べている「お米」がお金の代わりに使われていた時代もあったのです。

日本で最初のお金には、なぜ真んなかに四角い穴が開いているのでしょうか? 私たちが使っている「円」というお金は、いつどうやって生まれたのでしょうか?

今回は、知れば知るほど驚きがいっぱいの「日本のお金の歴史」を、大昔から未来までタイムスリップしながら楽しく見ていきましょう!

はると
はると
俺、お小遣いで新しいサッカーボールを買うときにお金を使うけど、昔はお金がなかったなんて信じられないよな!どうやって買い物してたんだ?
ひまり
ひまり
ふふ、気になっちゃうわよね。実はお金がない時代の人たちは、みんながビックリするような工夫で欲しいものを手に入れていたのよ。一緒にお金のひみつを調べてみましょう!

お金がない時代はどうしてた?「物々交換」の弱点

まだコインもお札もなかった大昔(縄文時代や弥生時代など)の日本。人々はどうやって欲しいものを手に入れていたのでしょうか?

その方法はとてもシンプルで、自分が持っている物と相手が持っている物を直接取りかえっこする「物々交換」でした。

たとえば、海の近くに住んでいて魚をたくさん獲った人と、山に住んでいて甘い木の実やシカのお肉を手に入れた人が出会ったとします。 「私の魚と、あなたの木の実を交換しよう!」 とお互いが納得すれば、無事に欲しいものが手に入ります。

一見すると便利そうに見える物々交換ですが、実は3つの大きな弱点がありました。

  1. 欲しいものが一致しないと交換できない!:魚を持っている人が「お肉が欲しい!」と思っても、お肉を持っている人が「俺は魚が嫌いだからいらない」と言ったら、交換は絶対に成立しません。
  2. 時間が経つと腐ってしまう!:魚やお肉、果物は数日たつと腐って食べられなくなってしまいます。せっかく手に入れた宝物の価値がゼロになってしまうのです。
  3. 重くて持ち運べない!:遠くの町まで買い物に行きたくても、大量の野菜やお米、生きた牛や豚をかついで歩くのは大変すぎます。

「これじゃあ不便で困っちゃう!」と悩んだ昔の人たちは、素晴しい知恵を生み出しました。 「誰でも欲しがって、腐りにくくて、持ち運びやすい特別なアイテムを決めよう!」と考えたのです。

日本では、きれいな海で採れる「貝殻(子安貝など)」や、服の材料になる「布(麻や絹)」、そしてみんなが主食として食べる「お米」などが、お金の代わりとして使われるようになりました。これを専門用語で「物品貨幣」と呼びます。

お金がない時代の「物々交換」
相手が自分の持ち物を欲しがらないと交換してもらえない!
魚や肉はすぐに腐るため、長期間とっておくことができない!
遠くへ運ぶのに荷物が重すぎて、遠くの町で買い物できない!
お金がある世界の「超べんりな暮らし」
誰でもお金を受け取ってくれるから、いつでも欲しい物が買える!
コインやお札はずっと腐らないから、将来のために貯金できる!
ポケットに入るほど小さくて軽いから、どこへでも持ち運べる!
はると
はると
確かに、魚とサッカーの練習用具を交換しようとして「魚はいらない」って断られたらショックだもんな!お金って誰とでも取引できる無敵のパスポートじゃん!
ひまり
ひまり
その通りね。みんなが「これには価値がある」と信用できる共通のチケットを見つけたからこそ、人々は安心して買い物ができるようになったのよ。
barter_system_ancient

日本で最初のお金!奈良時代の「和同開珎」

お米や布はお金の代わりとして大活躍しましたが、やっぱり「もっと軽くて、ずっと長持ちする金属のお金がほしい!」と国は考えました。

そこで今から約1300年前、奈良時代が始まる直前の708年に作られたのが、日本で本格的に流通した最初のお金「和同開珎」です!

埼玉県(当時の武蔵国秩父)で純度の高い銅が見つかり、当時の天皇(元明天皇)が「これは日本にとってめでたい奇跡だ!」と大喜びしました。年号を「和銅」に改め、日本初となる公式な銅のコインを作らせたのです。

和同開珎を手にとって見ると、現在の5円玉や50円玉と同じように、真んなかに四角い穴が開いています。なぜ穴が開いているか知っていますか?実はそこには、職人たちのすごい工夫が隠されていました。

  1. 製造上の工夫(削りやすさ):溶かした銅を型に流して作ったばかりのコインは、まわりにトゲトゲのバリがついています。四角い穴に四角い棒を通せば、コインがクルクル回らずに固定されるため、外側を一気にヤスリで削ってきれいな丸に仕上げることができたのです!
  2. 持ち運びやすさ:当時はお財布がなかったので、穴にヒモを通して何十枚、何百枚と束ねて腰にぶら下げて運んでいました。

こうして生まれた和同開珎ですが、実は当時の庶民にはあまり使われませんでした。

朝廷(国の政府)は、新しい都(平城京)を作る大工さんたちにお給料として配ったりして広めようとしました。しかし、地方の農民たちから見れば「こんな金属の丸い粒、食べられないし着ることもできないじゃないか!お米や布のほうがずっと役に立つよ」と怪しまれてしまったのです。

国は「お金をたくさん貯めた人には偉い身分をあげます!」という特別な法律まで作ってお金を流行らせようとしましたが、日本中のみんながお金を当たり前に使うようになるには、まだまだ長い年月が必要でした。

はると
はると
真んなかの四角い穴に棒を通してまとめてヤスリで削るなんて、当時の人たち頭よすぎるだろ!でも、せっかく作ったのに「お米のほうがいい」って言われちゃうのはちょっと切ないよな!
ひまり
ひまり
ふふ、最初は誰だって新しい金属の粒の価値を信じられなかったのね。でも、この和同開珎がスタート地点になったからこそ、日本の貨幣の歴史が始まったのよ。
Wadōkaichin_found_at_Sūfuku-ji_Temple_Site_TNM_front

お米がお金!?戦国から江戸時代の「三貨制度」

奈良時代から平安時代の初めにかけていくつかの銅銭が作られましたが、平安時代の終わりごろになると、朝廷の力が弱まり、日本国内でお金を作ることがストップしてしまいました。

「えっ、じゃあどうしたの?」と思いますよね。なんと日本は、お隣の中国(宋や明)から大量の銅銭を船で輸入して、そのまま日本のお金として使っていたのです!

そして室町時代から戦国時代になると、武士たちの間で再び「お米」が最強のお金として君臨します。

戦国武将の強さを表す「〇万石」という言葉を聞いたことはありませんか? 1石とは、大人が1年間に食べるお米の量(約150キログラム)のことです。「10万石の大名」といえば、10万人を1年間養えるほどのお米の生産力を持った大物武士という意味でした。武士たちのお給料も、お金ではなくお米で支払われていたのです。

やがて戦国時代の乱世が終わり、徳川家康が江戸幕府を開くと、お金の仕組みは驚くべき大進化をとげます。 全国どこでも安心して買い物ができるように、江戸幕府が整えたのが「三貨制度」です!

江戸幕府は、金・銀・銅(銭)という3種類の異なる金属を使って、それぞれ役割の違うお金を発行しました。

  1. 金貨(大判・小判など):キラキラ輝く黄金のお金。主に江戸を中心とする東日本で使われました。「1両、2両…」と枚数で数えるお金です。
  2. 銀貨(丁銀・豆板銀など):銀のかたまりのお金。商人たちの町である大阪を中心とする西日本で使われました。使うたびにハカリで重さを量って支払う仕組みでした。
  3. 銭貨(寛永通宝など):庶民が毎日のお買い物で使った銅のコイン!真んなかに穴が開いていて、おそば1杯が16文(約300〜400円)といった身近な買い物に大活躍しました。

金と銀と銅を用途や地域に合わせて使い分ける三貨制度は、当時の世界的に見ても非常に高度な経済システムでした。町には「両替商」という両替屋さんが現れ、金・銀・銅をスムーズに交換してくれたため、日本全国で商売が爆発的に発展したのです。

Q. 金と銀と銅で単位がバラバラなのに、どうやって買い物したの?
A. 「両替商」という現在でいう銀行のようなお店があったんだ!毎日変動するレートに合わせて金・銀・銅をスピーディーに交換してくれたから、旅人や商人もスムーズに買い物できたんだよ。
はると
はると
大人の1年分のお米が「1石」で、武士の給料もお米だったのか!江戸時代の小判や寛永通宝はテレビの時代劇でも見たことあるけど、金・銀・銅を全部使い分けてたなんてすげー!
ひまり
ひまり
おそば屋さんで払う身近な銅銭から、貿易や大きな取引に使う金貨まで、しっかり役割分担されていたのね。両替商のおかげで、江戸の町は大都会へと発展していったのよ。
image

明治に「円」が誕生!ハイテクお金へ進化

江戸時代が終わり、明治時代になると日本は大混乱におちいりました。 全国にあった藩(大名の治める領地)が勝手に発行していた紙のお金(藩札)があちこちに出回っていたうえ、金や銀の計算が複雑すぎて、外国との貿易で大問題が起きてしまったのです。

そこで1871年、明治政府は「お金のルールを一から新しく作り直そう!」と決意し、「新貨条例」という法律を出しました。

ここでついに、私たちが毎日使っている「円」が誕生したのです!

なぜ名前が「円」になったのでしょうか? 実はそれまでの小判のような四角い形をやめて、外国のコインと同じように「丸い形(円形)」にしたから、というのが有力な理由の一つです。 さらに、それまでの「1両=4分=16朱」というややこしい計算を廃止し、「1円=100銭」という世界基準のわかりやすい10進法(10集まるとケタが上がる計算)にスッキリ統一されました。

そして1882年には、日本で唯一お札を発行する権利を持つ中央銀行、「日本銀行」が設立されました。私たちが使っているお札に「日本銀行券」と書かれているのはそのためです。

現代の日本のお金は、世界中から「世界一安全で美しい」と絶賛されるハイテク技術の結晶です。お札には、誰もニセモノを作れないようにたくさんの最新技術が隠されています。

  • すかし:光に透かすと、肖像画のリアルな絵が浮かび上がる!
  • ホログラム:見る角度を変えると、色や模様が立体的にキラキラ変化する!
  • マイクロ文字:虫眼鏡(ルーペ)で見ないと読めないほど極小の文字が印刷されている!
  • 深凹版印刷:触るとインクが盛り上がっていてザラザラした感触がある!

そして未来へ向けて、お金はさらなる大進化を続けています。 スマートフォンをかざしてピッと支払う「電子マネー」やクレジットカード、QRコード決済など、硬貨やお札を使わない「キャッシュレス決済」がどんどん広がっていますよね。

大昔の「貝やお米」から始まり、「重い金属のコイン」、「軽くて便利な紙のお札」、そして今では「目に見えないデジタルの数字(データ)」へと、お金の姿は時代とともに進化し続けているのです!

はると
はると
昔はお米や重いコインだったのに、今じゃスマホをピッとするだけで買い物ができちゃうなんて、進化のスピードがすごすぎるよな!お札のホログラムやすかしも、今度じっくり観察してみるぜ!
ひまり
ひまり
ええ、ぜひ見てみてね!形は貝殻からスマホのデータへと大きく変わったけれど、「人と人との信用」でお金が成り立っているという大切なルールは、大昔からずっと変わっていないのよね。
cashless_future_money

まとめ

📝 今日のまとめノート
1 大昔は物々交換:欲しい物が合わない・腐る・重いという3大弱点を解決するために「お金」が誕生した!
2 和同開珎(708年):日本初の公のお金!真んなかの四角い穴は、棒を通して外側を一気に削る工夫と持ち運びのため!
3 戦国のお米と江戸の三貨制度:武士の給料はお米(石高)!江戸時代は金貨・銀貨・銭貨(寛永通宝)を両替商が支えた!
4 明治時代に「円」が誕生:丸い形と計算しやすい10進法に統一され、日本銀行が作られた!
5 現代から未来のハイテクお金:世界一精巧なニセ札防止技術から、スマホ決済などのキャッシュレスへ進化中!
🖍️ ✏️
はると
はると
お金の歴史を知ったら、いつもお小遣いで貰う100円玉や1000円札がめちゃくちゃ貴重なものに見えてきたぞ!サッカーの新しいスパイクを買うために、大事に貯金するぞ!
ひまり
ひまり
ふふ、はるとが貯金に目覚めるなんて素晴しいわ!でも、貯金箱にお金を入れる前に、明日の歴史の宿題もしっかり終わらせておきましょうね!
タイトルとURLをコピーしました