小学生でもわかる!「久保 建英(くぼ たけふさ)」

久保 建英

はじめに

テレビでサッカーの試合を見ているとき、思わず息をのんで立ち上がってしまうようなワクワクする瞬間があります。

目の前に立ちはだかるのは、身長190センチメートルを超えるようなヨーロッパの屈強なディフェンダーたち。筋肉モリモリで足も長い大柄な選手たちを相手に、小柄な日本人選手がまるで風のようにすいすいとすり抜け、得意の左足から鮮やかなシュートをゴールネットへ突き刺す——!

その選手こそが、世界最高峰のスペインリーグ(レアル・ソシエダ)やサッカー日本代表で、中心選手として大活躍している久保 建英選手です!

サッカーが大好きな小学生はもちろん、普段あまり試合を見ない人でも「久保選手って、ニュースでよく名前を聞くけど何がそんなにすごいの?」「どうして世界トップクラスの舞台で大活躍できるの?」と気になりますよね。

実は、久保選手のすごさは「足がものすごく速い」とか「体が人一倍大きい」といったパワー勝負ではありません。10歳で世界屈指の名門クラブに認められた確かな技術、そしてコンピューターのように素早く先を読み切る「頭脳の力」にあるのです。

今回は、天才少年と呼ばれた幼少期のエピソードから、世界の大きな選手たちをきりきり舞いさせる「神ワザの秘密」、そして数々の挫折やピンチを跳ね返してきた「折れない心の強さ」まで、久保 建英選手の魅力をわかりやすく解き明かしていきます!

はると
はると
俺、毎日のサッカー練習で久保選手のドリブルを真似してるんだ!あんなふうに相手を華麗にかわしてシュートを決められたら最高にかっこいいよな!
ひまり
ひまり
ふふ、はるとの熱い気持ちが伝わってくるわ。体格の差をものともせずに、技術とひらめきで世界の大きな選手たちを驚かせる姿は、見ていて本当に誇らしいわね。

10歳でスペインへ!「バルサ」に認められた秘密

久保 建英選手は2001年6月4日、神奈川県川崎市で生まれました。

サッカーを始めたきっかけはとても自然なものでした。歩き始めた頃からいつも足元にボールがあり、近所の公園やおうちの庭で、まるでおもちゃのように夢中でボールを蹴りまくっていたそうです。お父さんと一緒に毎日のように練習し、幼い頃から「どうすれば相手からボールを取られないか」を肌で覚えていきました。

そんな久保選手の名が日本中、そして世界に知れ渡るきっかけとなったのが、小学2年生のときに日本で開催された「FCバルセロナキャンプ」でした。

FCバルセロナといえば、世界中のサッカーファンなら誰もが知っているスペインの超名門クラブです。あの伝説的な選手リオネル・メッシ選手などを育て上げたことでも有名ですよね。

そのキャンプに参加した久保選手は、ずば抜けたテクニックと試合勘を見せて、なんと大会のMVP(最優秀選手)に選ばれました!さらにその特典として、スペイン現地で行われる大会に特別招待されたのです。

現地の大会でも大活躍した久保選手は、ついにFCバルセロナの育成組織(カンテラ、愛称「ラ・マシア」)の入団テストを受けるチャンスをつかみます。

ラ・マシアのテストには、世界中から「おらが町の天才少年」たちが何千人も集まります。合格できるのはほんの数人という、針の穴を通すような超難関です。

しかし久保選手は、現地の大きな選手たちを相手に正確なパスと鋭いドリブルを連発。見事に合格を果たしました!日本人が10歳でバルセロナの下部組織に入団するのは、歴史上初めての超快挙だったのです。

スペインに渡った久保選手は、言葉も文化も違う環境に物怖じすることなく、公式戦でゴールを量産。リーグ戦で得点王に輝くなどチームの中心として大暴れし、「日本のメッシが現れた!」と世界中のメディアを驚かせました。

STEP 1 ボールと友達!川崎の公園で技術の土台を築く
歩き始めた頃から毎日のようにボールを蹴り、足のどこに当てればどう転がるかを感覚として体に染み込ませました。
STEP 2 8歳でバルサキャンプMVP!スペインへの切符を獲得
日本で開催されたFCバルセロナのスクールキャンプで最優秀選手に選ばれ、本場スペインの大会へ招待されました。
STEP 3 10歳で名門「ラ・マシア」合格!日本人初の歴史的快挙
世界中から天才が集まる入団テストを一発で突破し、世界最強クラブの下部組織でエースとしてゴールを量産しました。
はると
はると
10歳って、今の俺たちと同じ小学5年生の年じゃん!言葉も通じない外国へ一人で飛び込んで、現地の天才たちの中で得点王になるなんて、とんでもない度胸だよな!
ひまり
ひまり
本当にすごい挑戦よね。大好きなサッカーで世界一になりたいという強い気持ちと、毎日積み重ねてきた努力があったからこそ、高い壁を乗り越えられたのね。
FCバルセロナの本拠地カンプ・ノウ スタジアムの実物写真
▲ FCバルセロナの本拠地カンプ・ノウ スタジアムの実物写真(出典: Wikimedia Commons)

なぜ世界の大きな選手を抜けるの?2つの神ワザ

サッカーは、体と体が激しくぶつかり合うスポーツです。特にヨーロッパのプロリーグでは、身長が185センチメートルから190センチメートルを超え、体重も80キログラム以上ある頑丈なディフェンダーが何人も立ちふさがります。

それに対して、久保選手の身長は約173センチメートル。プロサッカー選手の中では決して大柄ではありません。

では、なぜ久保選手は、自分よりはるかに大柄で足も長い屈強なディフェンダーたちを相手に、すいすいとドリブルで抜き去ることができるのでしょうか?

その秘密は、計算し尽くされた「2つの神ワザ」に隠されています。

  1. 相手の足が届かない位置に置く「ミリ単位のボールタッチ」
    久保選手のドリブルは、決して派手なフェイントを連発するわけではありません。ボールを触るタッチが信じられないほど細かく、常に相手ディフェンダーの足が「あと1センチ届かない絶妙な場所」にボールを置いているのです。
    相手が足を出してきた瞬間、相手の体重がどちらの足に乗っているか(重心)を一瞬で見抜き、動けない方向へスッとボールを運びます。相手からすると、届きそうで絶対に届かない場所にボールを置かれ続けるため、ファウルをせずに止めるのがとても難しいのです。
  2. 相手より先に未来を見る「神速の首振りスキャン」
    久保選手の真の武器は、足元よりもむしろ「頭の回転スピード」です。
    久保選手はボールが自分の足元に来る前、何度も首を左右に素早く振っています。この首振りによって、「相手のディフェンダーがどこにいるか」「味方はどこへ走っているか」「どこのスペースが空いているか」をカメラのように記憶(スキャン)しているのです。
    ボールを受ける前から頭の中にピッチ全体の地図ができあがっているため、ボールが足元に届いた瞬間には、次に何をすべきかの答えがすでに出ています。相手が「ボールを奪おう!」と動き出したときには、久保選手はその2歩も3歩も先を予測してプレーを完了させているのです。
力まかせのパワードリブル
スピードや体の強さで相手を強引に突破しようとする
自分より体が大きい選手や、2〜3人に囲まれると力負けしやすい
久保選手の頭脳派ドリブル
ボールが来る前に首を振って周りの状況を完璧に把握する
相手の重心の逆をつき、足が届かない位置へ正確にボールを運ぶ
はると
はると
俺、ドリブルするときどうしても足元のボールばかり見ちゃってたよ!ボールが届く前から周りを首振りで見て、次の動きを決めているから、あんなに迷わず動けるのか!
ひまり
ひまり
看護師さんのお仕事でも、周りの様子をよく観察して次に何が必要か考えることがとても大切なの。久保選手はグラウンド全体を上空から見下ろすように把握しているのね。
首を振って周りの選手やスペースをスキャンするサッカー少年のイラスト

ピンチを跳ね返した!久保選手の折れない心の強さ

世界中から「神童」と称賛され、順風満帆なサッカー人生を歩んできたように見える久保選手ですが、実はその道のりは決して平坦ではありませんでした。むしろ、何度も大きな試練やピンチに直面してきたのです。

最初の大きなピンチは、13歳のときに訪れました。

国際サッカー連盟(FIFA)が定めた「18歳未満の外国人選手の移籍に関するルール」にクラブ側が抵触してしまい、なんと久保選手はスペインでの公式戦に出場できなくなってしまったのです。

試合に出られない日々が続き、久保選手は泣く泣く大好きなバルセロナを離れて日本へ帰国せざるを得なくなりました。世界一の環境から突然引き離されるという、普通なら心が折れてしまってもおかしくない大きな挫折でした。

しかし、久保選手は決して腐りませんでした。「日本で誰よりも成長して、18歳になったら絶対にまたヨーロッパへ戻る!」と心に誓い、FC東京の下部組織やトップチーム、横浜F・マリノスでめざましい活躍を見せ、Jリーグ史上最年少ゴールを記録するなど実力を磨き続けました。

そして18歳になった2019年、世界最強の銀河系軍団と呼ばれる「レアル・マドリード」と契約を結び、見事にヨーロッパのトップ戦線へ返り咲いたのです!

レアル・マドリードへ移籍してからも、スター選手ひしめく中で出場機会を得るため、マジョルカ、ビジャレアル、ヘタフェといった複数のクラブへ武者修行(レンタル移籍)に出される苦しい時期が続きました。監督の戦術に合わずにベンチを温める日や、厳しい批判を浴びることもありました。

それでも久保選手がヨーロッパのトップ選手へと駆け上がることができたのは、「2つの努力」があったからです。

  • 通訳なしで冗談も言える「圧倒的なスペイン語力」
    久保選手は幼少期からスペイン語を猛勉強し、現地のテレビインタビューでも通訳を介さず、ユーモアを交えて流暢に受け答えができます。言葉の壁を自らなくしたことで、チームメイトや監督と戦術について深く話し合い、確固たる信頼を勝ち取りました。
  • 誰よりも悔しがり、誰よりも練習する「プロ意識」
    試合に出られないときも人のせいにせず、「自分に足りないものは何か」を徹底的に分析しました。筋力トレーニングで当たり負けしない体を作り、居残りのシュート練習を重ねることで、チャンスが回ってきたときに結果を出し続けました。

その不屈の努力が実を結び、2022年に移籍した「レアル・ソシエダ」で大ブレイク!チームのエースとして名実ともに世界トップクラスの選手へと進化を遂げたのです。

Q. 言葉が通じない国で成功できた一番の秘訣は?
A. サッカーの上手さだけでなく、現地のスペイン語を猛勉強して仲間と心を通わせたこと!「言葉の壁」を自分から壊してチームに溶け込んだコミュニケーション力が、大きな武器になりました。
はると
はると
大好きなチームを出なきゃいけなくなったり、試合に出られない時期があったりしたんだな。悔しい思いをしても人のせいにしないで、練習でやり返したところが最高にかっこいいよな!
ひまり
ひまり
ピンチのときこそ愚痴を言わず、自分ができる努力に集中する姿勢が本当に立派よね。言葉をしっかりマスターして仲間と信頼を築いたことも、夢をつかむ大切な力になったのね。
緑のピッチとサッカーボールの実物写真
▲ 緑のピッチとサッカーボールの実物写真(出典: Wikimedia Commons)

まとめ

世界最高峰の舞台で輝きを放つ久保 建英選手。その華やかな活躍の裏には、幼い頃からの地道な練習と、どんな困難にも負けない強い意志がありました。

📝 今日のまとめノート
1 10歳で名門FCバルセロナに合格した、日本人初の歴史的快挙!
2 ミリ単位のボールタッチと、神速の「首振りスキャン」で世界の大きな選手を翻弄する!
3 突然の帰国やレンタル移籍のピンチも、猛勉強したスペイン語と不屈の努力で跳ね返した!
🖍️ ✏️

体格のハンデを言い訳にせず、知恵と技術、そして折れない心で世界と戦う久保選手の姿は、私たちに「夢に向かって努力し続けることのカッコよさ」を教えてくれます。

これからワールドカップやヨーロッパのチャンピオンズリーグでどんなスーパープレーを見せてくれるのか、久保 建英選手の活躍からますます目が離せませんね!

はると
はると
俺、今日の練習からボールを受ける前に首を振って周りを見る練習を始めるぞ!久保選手みたいに、頭脳と技術で相手をあっと言わせる選手を目指すんだ!
ひまり
ひまり
ふふ、その意気よ、はると!でも、グラウンドへ飛び出す前に、宿題の漢字ドリルを終わらせるのを忘れないでね!
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